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古地図「蔵王周辺」

今月はお山から遠ざかっています。なんだかんだ地区総会など年度替わりなのでこちらが優先してしまいます。
蔵王周辺の古地図1枚をアップする計画でしたが、少しづつ深みにはまってきました。

熊野岳から笹谷峠を北上し仙台神室岳までの山名を、が記されています。
左から説明しますと
灰ツカはお釜の東側にある⇒「五色岳」
熊野嶽⇒「熊野岳」
阿弥陀ケ原⇒位置的に南雁戸山の南なので「八方平」
草倉嶽⇒「南雁戸山」
ケタ倉山⇒「北雁戸山」元禄時代は計多倉山と記載(宮城の山ガイドH4歴史春新出版社発行・深野稔生著)
蓬ケ峰⇒「ハマグリ山」か、大関山か迷いましたが高度のあるハマグリ山とした?
仙人山⇒「トンガリ山」か、
外蕪山⇒「山形神室」(宮城の名山H4河北新報社発行・柴崎徹著)、でも(宮城の山ガイド・深野稔生著)ではトンガリ山と記載
蕪 岳⇒「仙台神室」古くは大蕪といった(宮城の名山H4河北新報社発行・柴崎徹著)
中蕪岳⇒
前蕪岳⇒「風の洞山」(宮城の名山H4河北新報社発行・柴崎徹著)⇒「仏伴岳」(宮城の山ガイド・深野稔生著)
手持ちの2冊の本では相違があるので確かではありませんが、山の位置などから私的に判断しましたが、ご教示いただければ大変嬉しい限りです。
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称賛の拍手を送ります

地元紙を覚えのある名前の方々が飾りました。(名前はカットしています)
今から10年前、彼らからお誘いいただき、沢登りにはまっていく自分がいました。
仕事を持ち、山を楽しみながら、山岳救助という任務に精励されておりますことに感謝、感激、申し上げます。
感謝状2




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2020のお山

現職の頃は毎週のように出かけて60回くらいはこなしていた山行きです。
やはり加齢するにつれて体力…耐力の低下もさることながら、スピリットも連動し所用も多くなり、なかなかお山は段々と遠ざかりつつあります。
コロナ禍のなかでもっぱら近場だけ、ヨーロッパ企画にも乗ろうとしましたが頓挫。
今年歩いた山を顧みました。残雪期は蕃山の沢歩きを3回ほど楽しみました。ここはその後、リラクに掲載されました沢です。
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作戦会議…??


◆大正デモデモクラシー吉野作造
 吉野作造は1878(明治11)年、現在の大崎市古川十日町(旧志田郡大柿村)で、糸や綿を取り扱う商家「吉野屋」の長男として生まれました。
 小学校を卒業後は、仙台の宮城県尋常中学校(今の仙台第一高等学校)、第二高等学校(今の東北大学)へ進学。特に高校時代に出会った、キリスト教の自由と平等を大切にする教えは、吉野の思想の基礎になりました。その後、東京帝国大学(今の東京大学)へと進み、政治学者の道を歩み始めます。
 大学卒業後は教師として中国へ渡り、またヨーロッパへと留学しました。大きく変化しつつある世界をみずから観察した吉野は、社会を動かすためには民衆の力が重要であることを学んだのです。
これまでは、大正デモデモクラシーの言葉しか知らなかった。
我が町にも「屈伸社」鈴木某なる方がいたというが…今回も解明ならず。
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年々歳々…「お山繁盛、デーグリデーグリ」

ゆく年くる年、令和元年が終わりを告げて新しい年が始まります。
神棚に燈明を灯してこの1年の感謝と、新しい年での健康と安泰を祈ります。
昨日、神棚を掃除しましたら裏面に400円の数字が残されていました。
簡素な造りの神棚ですが、貧乏な時代に家を求めての400円の負担はきつかったでしょう。
昭和23年、父が23歳で建てたこの家は72年経っていますが…隙間風は四方八方から流れてきます。
風通しがいい分、湿気が溜まらないからいいのかな、なんて自己弁護です。(笑)
そして直筆の祝詞も出てきました。(42年目の御開帳です)
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やんちゃ姫のマロ子とお山を歩きます。(^o^)

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