蘭山へ…

【日  程】2011年4月29日(金)     
【山  域】宮城・泉ヶ岳山麓  蘭(アララギ)山761m 
【行  程】長谷倉林道P→蘭山→長谷倉林道→滝→猿岩→長谷倉林道P→光明の滝
【メンバー】soneさん/ タッシーさんmorinoさん/maronさん/マロ7/ 5名

震災50日目、久々に山中間と登山を味わった。
2月に「塩釜りゃん亭」で打ち上げをして以来の顔合わせであります。
3/11の震災ではマロ7、消息がわからず皆さんにご心配をおかけしました。9時、集合場所の根白石のコンビニにて待ち合わせ、互いに元気な笑顔を確認しました。

画像は根白石から仰ぐ泉ヶ岳、例年なら山頂付近にわずかの残雪ですがまだまだある。



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小山田新道…宮城版

【日  程】2011年4月17日(日)
【天  候】晴
【山  域】小山田新道~作並の南側彷徨 
【行  程】①八ツ森駅→伊保岩と滝→片津沢渡河→尾根→戻る→架橋地点跡→八ツ森駅
②北沢林道→宮城営林杉林→小山田新道→作並道交点(昼食)→仮称作並峠→戻る→崩落地点→尾根下る→北沢隧道→戻る→宮城営林作業道→宮城営林杉林→北沢林道
【メンバー】 浅井さん/松○さん/ジュンさん/横○さん/津○井さん/ebyanさん/マロ7・ 7名
【アクセス】
3月6日に東根市の本郷公民館で、浅井さんの講演を聴講してから50日ばかり、未曾有の大震災でお山に行けない日が続いたが…ようやく巡ってきた。それも、浅井さんが案内しての小山田新道歩きだから逃す訳にはあるまい。
8時半のニッカ正門前に集合して打合せ、最初に無人の八ツ森駅あたりを闊歩して移動する。新道交点を確認してから、小山田新道の一部を歩くらしい。
宮城側の小山田新道はあまり知られておらず、殆ど廃道化しているみたいだ。でも、宮城農業高校の実習林があったせいかその名残はあるみたいだ。


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被災地に降る雪…Ⅱ

3/11から既に40日が経とうとしています。
あの、忌まわしい大震災は2万数千名の命を奪いました。
我が集落の海岸も60世帯が津波により損壊し10名の方が…まだ、見つからない方もいます。
予想だにしなかったという津波ですが、歴史は繰り返したのです。
1200年前の貞観地震も、その400年前(歴史記録はなし)も同様の津波が襲っていました。
「大津波400年説」は私の持論でしたが、これを2ヶ月前に何となく呟いていたのです。
「後出しじゃんけん」みたいですが職場でも…、1600年の慶長津波から400年でそれが今なのだと…ならば、もう少し時間が欲しいと思っていた矢先、途方もない大津波がやってきた。
画像は、日本三景の最南端の地、3/12朝の我が集落であります。
中央左にカーブミラーが見えますが、その直線は堤防沿いの町道なのです。
そして、中央は菩提寺、一月前に節分祭りで皆さんの御安泰を祈願したのですが。

そうです。ようやくネット環境が回復いたしました。
皆さんには、安否を気遣っていただき本当に有り難うございました。
携帯電話の不通から、そして大手新聞には我が集落が前回とイラスト入りで掲載されたのでマロ7の生存は如何にと…。
でも、未曾有の大災害に皆さんと頑張りましたよ。もう、二度とはこんな体験を味わいたくはないと思いながらも度重なる度重なる余震にはもうコリゴリしましたが…。

今後とも、本ブログをよろしくお願い申し上げます。
まずは、ブログ復活の報告と、皆さんにお礼をいたしたく。(感謝)

彷徨…小山田新道


3月6日に東根市の本郷公民館にて、浅井さんによる小山田新道の講演を拝聴したばかりでしたが、2ヶ月を待たないで浅井さんの案内で巡るチャンスがやって来ました。
じゅんさんから声がかかり、この日は7名のメンバーとなり今から130年前の古道を垣間見ることが出来ました。
最初は八ツ森から北沢林道が見える地点の尾根までを周回です。浅井さんの説明では、ここに二間幅で長さ二十メートルの栗の木で作った橋がかかっていたとのことに…うなずく。次に、北沢林道交点で、小山田新道の交差を確認します。
そして、尾根に登って短時間ながら、藪化した道を辿って明治初期に全財産を投げ出した小山田さんの意気込みを感じ取りました。
途中、崩落した道で折り返して尾根を下り北沢林道の隧道に出ましたが、急斜面を降りる班と折り返して登る班にわかれ駐車地点に戻りました。
今回は、宮城ルートのごく一部を垣間見ましたが、これで何とか小山田新道の出発地点と終着点を踏むことが出来ました。浅井さんと同行の皆さんに感謝いたします。
なお、いまだに携帯投稿ですので、詳しくは、ebiyanさんとじゅんさんのブログをご覧ください。
本欄は、インターネットの環境が回復すれば追加修正いたします。

震災から1ヶ月


早いものなのか、遅いものなのか、あの大震災から1ヶ月である。この1ヶ月は誰しもが「凝縮された日々」そのものに尽きるだろう。
史上最大級の地震から大津波、数多くの余震、職場への缶詰め、電気、水道、電話とライフラインの停止を乗り越えてきた。現代人が想定しなかったのも事実である。
この大震災は、数万の命と財産などを奪って、私たちに何を警告したのだろうか。「公助」「共助」「自助」はうまく機能しただろうか。
ひょっとしたら、この大震災は一千年後、いや、近いうちに想定された宮城県沖地震とともに、また、やって来るのではと…。いろんなことが脳裏をかすめる。ある方が、これまでの文献から大津波400年説と考えてきた。1600年代に慶長津波、1200年代な謎の大津波(文献なし)、869年代に貞観大津波は多賀城城下で一千名の死者が発生している。そしてさかのぼって西暦400年代頃には、今の仙台平野部を覆い尽くした大津波が存在したというのである。
あと、数時間で運命の1ヶ月である。
画像は…大手日刊紙に掲載された内容…
[黙祷]

再び、キャンドル夕食


これが余震だって?マグニチュードが7.1に訂正となったもののすごい地震だった。
昨夜は早寝したので二時間ばかりねたであろうか。いつもは揺れの案配を体感している自分であるが跳ね起きた。1分だけの揺れであったが生きた心地がしなかった。早速、バイクで職場へ向かうがあまりの車での避難者に目を丸くする。 津波が来ない分良かったが、一昼夜寝ないのはもう大変である。帰宅してすぐバタンキューと横になった。起きたら久々にカレーでご機嫌になってしまう単調な我がいた。
もう、地震は嫌ですね…。

水が出ましたよ


震災から25日目、我が家に待望の水が出ました。近所の井戸からもらい水をして殆ど毎日が入浴できました。
水の出ない台所は不便でありましたね。でも、節水術が構築されてペットボトルの蓋に数ヶ所の穴を開けて簡易シャワーにしましたよ。自慢げにしていたら、これは百均で類似品が売っているそうですな。おっ家内はペットボトル一本で食器を洗えるそうですから普段は如何に無駄水を使っていたかを認識したような。(笑)

久々に満腹だな…


4月1日だからエィプリールフールなんだけど、こんな雰囲気はどこにもない。復興に向けて前進あるのみであります。明日は久々に連休となりますから、手がつけられなかったドアの歪み、作業場の落下物などの作業にあたるかね。
三週間目で我が愛車が満タンになったが、どこへも出かけられるはずはない。この震災で掴んだものは何かねぇーって、今まで我が携帯から投稿できなかった記事が出来たことも一つかな。
一番は皆さんから心配していただいたことが嬉しかったことです。(嬉泣)
プロフィール

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やんちゃ姫のマロ子とお山を歩きます。(^o^)

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