FC2ブログ

焼けてきましたねぇ…泉ケ岳


土曜日午前中は、№2孫の保育所最後の運動会へ見学。
玉入れ競技に出ましたぁ。∠( ^ o ^ ┐)┐ ヨォ…
日曜日は地区行事なもんで、9月のお山も1回きりだからどうしてもお山へ行きたい。
やはり近場の泉ケ岳へ行こう。
12時半登山開始は下山する方々と出会うこと100人はいただろうか。
賽の河原から見た船形山は焼けてきましたねぇ。
P9280240_R.jpg

続きを読む

地区の歴史を辿る

月1回、社会福祉協議会主催でお茶っこ会なる行事を開催しています。
音楽、手品、踊り、料理教室、終活まどなど毎月各種のメニューが用意されます。
今月は「地区の歴史について」私に担当が回ってきました。
こんな田舎の漁村に何の歴史もないだろうと…話は30分だなぁ~と軽い気持ちで引き受けました。
DSCN8417 - コピー

続きを読む

頑張ったねぇ

叔母さんが亡くなった。
私の年になればオジサンオバサンも80代ですが…母方には二つ違いの叔母さんもいますので姉さんみたい。
さて、父の妹になりますオバさんは…長男、長女、次男、三男、次女、四男、三女と七人兄弟(妹)の構成なんです。
ほぼ、順番に逝きましたが、時には番狂わせもありました。
オバサンは次女で享年86歳、ほぼ平均寿命の範囲ですが父の兄弟はあまりその域まで到達しなかったから長生きです。
御通夜の晩、香が煙るなか、一人残った三女の叔母さんがポツリ…呟いた。
ひとつ屋根の下で本家と別家が同居していた昭和10年代、同じ屋根にいながら生活様式は差異があったそうだ。
母は(36歳で)幼いころに亡くなり顔は知らないという。
経済的に別所帯になれない事情があり別家はしばらく辛抱、耐久生活が続いた。
あるとき、牧舎に牛乳を買いに行くことになった。その牛乳は本家の同年代の娘が飲むという。
買ってきたものの、途中で飲みたくなったというオバさん、この世とも言えない味を口に含んだ。
口を開けて少しずつ舐め、舐め、気づいた時には半分が無くなったという。
途中、清水の湧くところでつぎ足し、量は満タンだが味は稀有…なんだか今日は美味しくないと本家の娘は不機嫌で飲んだという。
別家の耐久生活はS23まで続いた。長男である私の父は意を決して23歳で、何だか知らない本家の借金まで背負って出た。
本家から与えられた土地は家の建てられない山の中、何分の一かの面積で土地と交換し今の場所に家を建てた。
耐久から脱出した開放、兄弟(妹)7人が頑張った、喜怒哀楽の80年の時代が凝縮されていた通夜だった。
天国に行ったオバは…私は結婚したてのオバの家にも泊まりに行った、さぞや、邪魔だったろうな…(笑)
小2のころ、病弱な私は2ケ月入院してその後通院、一人でバスに乗れる私は、田舎の人から見れば異端児だったかな。
通院の帰りオバ宅での楽しみは中華ソバと、貸し漫画本…勉強はそっちのけで通院が楽しみだった。
オバは転々し地区の公民館の管理人で入った。天井が空きぬけて、屋根も隙間あり青空が見えた。
ケネディ大統領、力道山の死は朝方にオバサン宅で知ったのだ。
いま、私の住む父の建てた家は置石の土台、今回の震災で傾いたもののまだ住んでいる。
解体と脳裏に浮かべるが、なかなか踏みきれない自分がいる。。(○・_ゝ・○)ノ
DSCF1690 - rr_R

翁山「やまびとヨシゾウ」に想う


【日  程】2019.9 /7(土)     【天 候】晴/曇
【行  程】  ハリマ小屋~ 翁山山頂 ~クルミ平分岐(昼食) ~不老長寿の泉~クルミ平~ハリマ小屋
【メンバー】 船形山のブナを守る会の皆さん…23名だっけかな
「船形山のブナを守る会」の自然観察山行で「翁山」へ。
「翁山」はしばらく前にヤマユリの花咲くころに来て圧倒されました。
今回は、時期的に花は望めないものの一つの望みがありました。
それは昭和30年代に遡ります。当時の少年雑誌には「船形山には仙人が住む」という記事でした。
少年の心には、興味津津…でも船形山へは行くことができず遠く奥羽の山並みを眺めるだけでした。
高校で山岳部に入りましたが、すでに「船形山には仙人が住む」いうことは脳裏にはありません。
そして、時間が経過し新聞にこんな記事(手続きが済んでいないのでリサイズしていますのでご了承を…)が掲載されました。
今から32年前の記事になりますが、投稿者は最上町出身の後藤利雄(1922~2001、誠実を貫いた学者、歌人)さんが寄稿しています。
書き出しはこうで、「30年余りも山ごもりをして、人間界との接触を避け、言語も捨ててしまった男がいた。山男(山人)のヨシゾウであった。
入山当初は宮城県の魚取沼のほとりに小屋をかけて住んだがあとは御所山(船形山)の山中を転々と移り住んだもののようであった。<以下省略>」
そして、8月に訪れたブナの森作品展に展示されました冊子をめくると、「やまびとヨシゾウ」に呼び出されたようにページをめくった。題名は◎船形山の「山男」 語り手は宮崎山岳会会長の猪股氏である。
船形山には二人の山男がいると話す。昭和10年代宮崎町の某法印で羽黒派修験の荒修行を積んでいたという。
もう一人は、魚取沼でテツギョを食べていたという。押切村の住人片倉某という男で雪の無い時分だけ何年か住んでいたという。
両記事とも、片倉の苗字では符合したが詳細な部分でそうではない。
前者の後藤利雄さんは自分の幼少の頃にヨシゾウが訪れ詳細なことを記しているので間違いはないだろう。
後者の猪股氏は伝承なのだ。
「山人とヨシゾウ」は間違いなく実在の人物…、そして里の人々は船形山の仙人と語ったのだろうか…???
そんな想いを抱いてで翁山へ足を運んでみることにした。
img045 - コピー - コピー

続きを読む

小阿寺沢で巡る秋味のはじまり

【日  程】2019.9 /1(日)     【天 候】曇
【行  程】   前烏帽子コース駐車場~   小阿寺沢入渓~F1・10m ~F2・6m~F3・2段15m~F・6m~F5・5m~    右支沢・ヤブ漕ぎ~  破線コース~   カモシカリフト~  森の写真館~  前烏帽子コース駐車場
【メンバー】マロ7・おっ家内  途中F4から若者3名と合流

今日は選挙の立ち会い人としての予定日でしたが、あいにく無競争となり…開放され沢に向かいました。
画像の白矢印に自転車がかすかに写ってますが…盗難自転車かと思ってました…。
DSCF1475_R_201909020948561ea.jpg

続きを読む

プロフィール

FC2USER696672BEO

Author:FC2USER696672BEO
「マロのページⅢ」ブログへようこそ!
やんちゃ姫のマロ子とお山を歩きます。(^o^)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR