震災から1ヶ月


早いものなのか、遅いものなのか、あの大震災から1ヶ月である。この1ヶ月は誰しもが「凝縮された日々」そのものに尽きるだろう。
史上最大級の地震から大津波、数多くの余震、職場への缶詰め、電気、水道、電話とライフラインの停止を乗り越えてきた。現代人が想定しなかったのも事実である。
この大震災は、数万の命と財産などを奪って、私たちに何を警告したのだろうか。「公助」「共助」「自助」はうまく機能しただろうか。
ひょっとしたら、この大震災は一千年後、いや、近いうちに想定された宮城県沖地震とともに、また、やって来るのではと…。いろんなことが脳裏をかすめる。ある方が、これまでの文献から大津波400年説と考えてきた。1600年代に慶長津波、1200年代な謎の大津波(文献なし)、869年代に貞観大津波は多賀城城下で一千名の死者が発生している。そしてさかのぼって西暦400年代頃には、今の仙台平野部を覆い尽くした大津波が存在したというのである。
あと、数時間で運命の1ヶ月である。
画像は…大手日刊紙に掲載された内容…
[黙祷]

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No title

現在の土木技術において、これ程の大災害に太刀打ちできる術はないので、今後の街創りは居住区域を高台に設置するしかないでしょうね。
しかし人間の時間スケールで400年は長い年月ですが、地球誕生から現在までの時間スケールにおいて、400年とはほんの一瞬なのでしょうね。
地盤沈下した沿岸地域再生の青写真を急がないと、無計画で災害に弱い街が再び形成されてしまうと思います。

No title

コンピュータに代表されるように科学技術は急激に発達しましたが、過去を顧みなかった驕りがあったのかもしれません。
とは言えここで挫けるわけには行きませんね。
東北を復活するために持てる力を少しでも発揮しましょう。

No title

Soneさん
長町の鮹神社、霞ノ目の浪分神社は先人達が残してくれた伝承なのでした。 ハード面には限界ありますから、ソフト面での対応が課題ですね…。

No title

すべてがコンピューターまかせの限界を見せつけられたか?
ある港を作る時に学者の意見で設計した。地元の古老の意見は取り入れず、結局、港は嵐で破壊されて古老の意見の通り修復することになった。「温故知新」ですなぁ~。

No title

アナログ技術や、手技を忘れずに、
復興計画に取り入れて欲しいものです。マチュピチュみたいに…

No title

タッシー
そうだよ…。マチュピチュの遺跡は若い時から訪ねてみたいところですよ。 カミソリの刃も入らぬ石重ねですよね。行けないからイセキ農機を使ってしまいました。(苦笑)

No title

おはようございます。
3・11から一ヶ月が過ぎましたね。
近いうちに来ると言われていた宮城県沖地震と今回の地震は別物ですか?
別だったら又来るんですか?
ため息ばかりで
皆さんのコメントに便乗させてください。
マチュピュ私も行きたいところの一つです。

No title

マロ7さん、マスさんよりご無事と伺ってましたが
やっとブログを拝見できました。(パソコンは借り物)
私の育った家は無くなっていました。
父の仕事場も。
マロ7さんは今もお忙しい日々のことと思います。
無理なさらないでくださいね。

No title

山ちゃん
余震続きのひと月でしたね。本物の宮城沖地震は別物だそうだよ…。桜は満開になりつつです…。 日曜日はようやくお山に行って来ました。
ナカシィさん 1ヶ月のご無沙汰ですね。花淵も菖蒲田も散々なことになりましたね。お父さんの会社の裏山の五社明神は慶長津波は大丈夫だったのに今回は越えましたからね。そう言えば、師匠は金華山で津波を激写していましたね。
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