マロⅡの海岸物語…

点描2さんのブログ  http://petika2.exblog.jp/18190931/
にハマヒルガオがアップされた。
見覚えのある光景だと思ったら、アララ、地元である。
「灯台下暗し」と言ったもんですが、しばらく海岸には行ってなかったことに気がついた。
知らぬ間に、真っ赤なハマナスが咲き出していました。
朝に雨が上がったものの、蔵王お釜カメラを見たらはガスなのでお山は諦めて海岸へ向かってみた。湊浜海岸は花盛り人盛りである。
京都ナンバーの観光バスが駐車、若者がビーチバレーの大会をするのだという。
それを眺めている「昔の若者達(地元)」もいる。


おっと、声をあげ小躍りした。( ^)o(^ )スゴイ
ピンク一色のハマヒルガオが砂浜に咲いているのではないか。



ここは湊浜海岸。一昨年までは海水浴場とした賑わっていたのだが昨年は震災で人も寄り付かなかった。今年は10日後の7/1に、例年行われるトライアスロン大会が開かれるようになった。
でも、この度の地震で岬は地割れである。


沖合の防波堤は盛んに復旧作業である。



その湊浜という地名であるが、湊(港)なのである。
今を遡ること約一千年前の多賀城に国府があった以前には栄えていたようである。
弁天神社付近の深川沼は河跡湖、1700年代の伊達藩による新田開発により今は蒲生に流れる七北田川と砂押川が合流しての河口がここにあった。



日本武尊<ヤマトタケル>の奥州征伐にもここ湊浜が登場してくる。茨城の那珂湊を経った日本武尊は海路を北上し岩沼の玉浦を経て船を弁天神社付近に係留したという。そして一行は岩切あたりまで足
を延ばしたということを何かで見た。



そんな古のある湊浜は、昭和30年代の新産業都市構想が描かれた。この国策により部落丸ごと町内に集団移転したのが昭和40年代後半、国内で移転事業は数あれど部落全体が同じ場所に集団移転したことはなかったそうである。


それにしてもだ。この時の集団移転がなかったら、今回の大津波では部落は丸飲みにされていたのである。
さてさて、話が脱線した。
大津波で被災した新仙台火力、原発が停止中なのでモテモテのフル稼働である。
高さ180Mの煙突はガスで見えない。


スイカズラ…かな。



先ほどの「眺めている昔の若者達」のなかに…見覚えのあるお犬様がいた。


まてよ、と思ったらミクシィ時代にアップしたことのある「砂漠のお犬様」であった。
何年かぶりで会って、おっ、元気だったかとほほ笑んだのは言うまでもない。


ことしも、真紅のハマナスが潮風に揺らいでいた。


]
【竹の水門の説明】
古代においては、七北田川が砂押川と合流して大河川となってこの湊浜まで流れていたのです
七北田川は江戸時代の初期間では岩切駅の南側あたりから、そのまま東流し、砂押川に合流していました。
しかし江戸時代初期に大掛かりな河川付け替え事業が行われ、七北田川は分断され、現在のように南下しそして蒲生の海岸に流れるようになったのです。

古代、七北田川と合流していた砂押川は大河川でした。そしてお城のあった多賀城の南側をとおり、この弁天沼あたりをとおり湊浜に注いでいました。
このあたりが物流の拠点であり、船がたくさん逗留していたと考えられています。

学説では「竹の水門」が湊浜であるという説が確定したわけではないのですが、確かに古代の巨大都市・多賀城の物流拠点である湊浜という説も充分成り立つだろう。

日本武尊の大軍は湊浜に上陸しこの弁天沼岩壁付近に係留して、ここからは砂山を通って陸路を多賀城へ行ったということなのです。
近くにある薬師鉱泉の冷鉱泉は冷たい温泉が湧き出ています。母が小さかったころは薬水として飲んだらしく、軍の兵士たちがこの冷鉱泉で傷を癒したのでしょうか。
しかし温泉と軍隊というのはつき物のようですね。後三年の役における源軍が栗駒で合流する前日、鳴子の温泉で泊まり傷を癒した話は有名です。

それと古代において海から大軍をもって攻める場合、必ず大きな川に入り込み波静かな場所に逗留しそこを拠点に攻めるというのは常道です。
そういう意味ではかつて、この弁天沼の当たりは大河川時代の砂押川の一部であったわけで、ありうる話です。

いずれにしても今はこのあたりには川はなく、小さな弁天沼が、往時、砂押川の一部だったことを証明しているだけです。

それにしても東征に西征に全国をまたに駆けて戦をしたヤマトタケル軍が宮城県七ヶ浜の湊浜に大軍を擁してやってきたのだとするると、ロマンは膨らみますね。

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No title

ハマナスが咲きだしましたね。
ハマヒルガオは小豆浜の方が多く咲いているようです。
100年後1000年後を見据えた復興を望みたいですね。

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utinopetikaさん
山の花も良いけど、海辺の花も最高ね。
おっ、小豆浜が多く咲いていましたか。
ここの名前は小豆を積んだ貨物船が流れ着いたそうですよ。
50年前はマテ貝を取ったことがありますが消滅してしまいました。

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ハマナスもハマヒルガオも津波に耐えて綺麗な花を咲かせているのですね。
根っこが残っていたのですね。植物の生命力には驚いてしまいます。

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SONE さん
ハマナスが咲いていたのは驚きでしたよ。
ハマヒルガオのピンクが海の青さに映えていました。
植物の生命力に見習いたいですなぁ~。(^o^)

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昨日でしたかNHKで七ヶ浜の復興を見ました
まだまだなのですね
こうしてみると何も無かったかのようですが・・・
人も花も鳥もワンコも戻ってきましたね

あとは田んぼですね~☆

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papicomさん
NHK、見れませんでした。
被災から1年3ヶ月、まだま時間はかかりますね。
田んぼも復旧中、ようやく泥さらいが始まったよ~☆
でも、加齢が後をついてくるから耕作意欲がどうなるかだな。(^o^)

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その土地の栄枯盛衰の歴史がわかると、景色を見てもひとしおですね。
ビーチバレーやトライアスロンで沢山の人の行き来があるのはありがたいことです。

No title

morino さん
白砂青松の海岸は番屋があったそうで、蒲生まで続いていました。
来週はトライアスロンのハイレグが颯爽と走りますよ。(^o^)

No title

美しい長閑な風景ですね~
山の中のおじさんは、ハイレグ生でみてみたい~(笑)

No title

ここは、昨年kuma仙人 がお出でになった漁港の西側の海岸ですよ。
山の中のおじさんも、拝レグ願望すね~(笑)
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