冬の七ッ森3山へ…(^o^)

【日  程】2013年1月20日(日)     【天 候】晴/曇
【山  域】七ツ森
【行  程】8:40南川ダムP→9:50鎌倉山10:00→10:10南無妙法連華経の石碑10:15→鞍部→10:50遂倉山11:05→11:25鞍部→11:45たんがら森12:25→鞍部→13:00ムーミン谷→13:25玉ヶ池13:35→14:05南川ダムP
【メンバー】船形山ブナを守る会の皆さん計33名   

「船形山ブナを守る会」さんとのお山歩きは昨年2回(割山大滝・ブナ平)同行させていただき今回で3回目です。七ツ森のうち3山を歩くコースで、SONEさん情報では撫倉山では股まで沈み込むところがあったということですから当然ラッセルを覚悟しました。
いつものように、まほろばホールに集まり便乗して南川ダムから歩きます。



今回のコースは標準的なものですが、確認しなければならないことがありました。
それは鎌倉山の北側ルート中腹にある「南無妙法連華経」石碑の建立年です。
これまで通過していてスナップ的な写真撮影だけで碑の内容には無関心でしたが、昨年の2月http://maro407080.exblog.jp/14743932/、伊達塾において「仙台藩家老但木土佐の生涯」の講演を聞いたときに、あれぇ、確か鎌倉山の石碑も但木土佐だった。
秋口になって、この時の講師にお話ししてみた。但木土佐の宗派は「無妙法連華経」の日蓮宗だったか、なぜ山中にこのような石碑があるのか…。


講師はこの石碑の存在をしらなかったようですが、のちほどこのような解説がされた。
但木土佐は戊辰戦争の戦後処理で責任をとらされ、親友の坂英力と江戸にて斬首された。坂英力は日蓮宗なので、その後に誰かが何かの形でここに建立したのでは…という、推測でした。
さてさて、今日のお山はこの謎解きもあることでしたから待ちに待っていたのです。
ダム堰堤を通らせていただき


さあ、登山開始ですが、スパ長部隊は踏み固められると滑るので、後部につくようにと指示がありました。


もう夏道以上の快適コースで、楽々登山を味わえます。


鎌倉山到着です。
七ツ森の各山頂に薬師様がありますが今から180年ほど前に、地元に住む山木親子が40キロの重さの石仏を背負い安置したそうです…と、Kさんからの説明です。


そして、石仏の胸には穴が開いていて5円玉が入っており、すべてが笹倉山を向いているそうです。


核心の「南無妙法蓮華経」の石碑です。
ふたたび、Kさんからの説明です。!(^^)!メモメモ
この石碑は天保13年(西暦1842)に刻まれています。
ここでこれまでの仮説が…(―_―) !!アレェ
伊達藩筆頭家老でもあり吉岡を統治していた但木土佐。
奥方の病の回復を願ってこのような石碑を家臣に命じて作らせた。
この題字は【ヒゲ題目】というもので、連坊小路にある日蓮宗法運寺の住職の筆体だということ。
よって、これまでの坂英力説は無かったことになりますね。



碑中央に大きく彫られているのは、日蓮宗の題目「南無妙法蓮華経」と日蓮の花押です。
以下のように読めます。

天保十三壬寅年四月二十八日 廣潤山拾七世
南無妙法蓮華経 日蓮
伹木成行代建
天保十三年は西暦1842年で干支は壬寅。
伹木成行は、この碑のある七ツ森のふもとの黒川吉岡の領主で、仙台藩の奉行を勤めた。
廣潤山とは、仙台市若林区連坊小路に現存する日蓮宗の「広潤山法運寺」のことだったのです。





鞍部から火災監視塔のある遂倉山へ辿りました。
山頂でkさんの説明はこうです。
七つ森の登山道は山頂に向かってほぼ直線的ですが、ここ遂倉山だけはジグザグです。おそらくはこの火災監視塔の作業道としてこうなったのではないでしょうか。


そして、ここの石仏の胸にも穴が…これはわかりませんでしたが、石仏の形は横から見ると
船形をしています。そうでした。



たんがら森へのやせ尾根ルートは危惧されましたが、適宜、滑りを楽しみました。


会の方が偵察に出向きザイルを展張してきたようで、有り難いです。


何故か七ツ森の七つから外れた「たんがら森」、ここで昼飯タイムです。


鞍部から下って、風のない杉木立の中で各人それぞれが楽しい一言タイムです。


一回り終えたところで…アレレ(^^)落雪の洗礼を皆さんで浴びました。


そして、ニリンソウの咲くムーミン谷で記念の集合写真。


ホワイトロールが出来ていて、玉ヶ池までようやくラッセル担当ができました。



玉ヶ池には坂上田村麻呂伝説が…でも、今はアテルイが主役だしどうしても田村麻呂は侵略者なのです。


3山だけでしたが、充実したものがありました。


船形山ブナの会の皆さん、有難うございました。(^o^)


追記・
【但木土佐成行】  仙台藩筆頭家老。吉岡で1500石。
奉行として藩財政再建などに成功したのですが…。
明治元年会津・庄内救済のため奥羽越列藩同盟を推進した。
戦犯として同年9月東京へ護送され、明治2年5月19日斬首。53歳。
このお方が存命していれば、宮城・いや東北の近代はまた違っていたものでしょう。
道中、歴史の話に花が咲きました中新田のIさんまたお会いさせていただきますね。(^o^)

【ヒゲ題目】
日蓮宗で、題目「南無妙法蓮華経」の7字を、「法」以外の6字の筆端をひげのように伸ばして書いたもの。法の光を受けて万物が真理の活動に入る姿を表したものという。跳ね題目。
ルート図です。

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No title

本日はお疲れ様でした。
歴史の謎が一つ解けたよう、何よりです。

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utinopetika2さん
楽チン登山で、お世話様でした。
歴史に埋もれた七ッ森、一歩前進です。(^o^)

No title

これだけ大人数だと楽々登山ですね。
あの石碑の謎が解けました。なるほどなるほど・・・

No title

大変お世話様でした。ヒゲ題目、あちこちで眼にすることもありますが日蓮宗の字体だったのですね。信仰とはげに強いものです。
いくつになっても勉強ですなあ。

No title

謎解きの山行でしたね。
自分も石碑の意味を知りました。通過するときに思い出しますね。

No title

SONE さん
踏み固められた道は歩きやすく楽々でしたが、下りはそれなりにね。
石碑の謎、1歩進みました。このことを講師の方にお話ししてどのように解釈されるかが・・・これも楽しい。(^o^)

No title

tom さん
こちらこそ、お世話様でした。
ヒゲ題目、私も今回知りました。
晩期ですが、これから勉強いたします。(>_<)

No title

yuji さん
お陰様で謎解きも、説明で簡単に知ってしまいましたよ。(^^)
このような山中に大きな石碑、妻の回復を願う大きな思いがあったのでしょうね。

No title

マロさんの山歩きは深いですね~。
読めない漢字がいっぱいで抜かして読んだので
新年会の時、超簡単にレクチャーお願いします!

No title

おお〜、すごい人数ですね!
でも楽しそう〜 こんな周回できるんですねえ。

No title

ナカシィ さん
山歩きは深い…浅いのが頭ですねぇ~。
ふりがながあればいいんですがね(^o^)
新年会、酔わないうちに伝達いたしまぁ~す!

No title

タッシー
老若(少々)男女ですよねぇ~!
全員とはお話できませんが、最後の一言スピーチがこれまた良いのです。
(^o^)

No title

出身地なので非常に興味深く拝見しました

ついでに但木土佐をググってみました

会津戊辰戦争時代に深く関わっていたのですね!

『八重の桜』で名前ぐらい登場しないかな~^^

世が世なら我がお殿様!

あの但木さまの御信仰だったのですね

母は仙台の法運寺さんの案内で七面山に登ったので

昨年私も行ってきましたが・・・・・

なんだか不思議なご縁を感じました

今度はもっと神妙に拝んできますね~☆



No title

papicom さん
おっ、こちらの出身でしたか。
但木土佐は、 幕末期の奥羽の戦争を回避するため尽力した仙台藩執政者です。しかし、意はならずでした。
会津戦争は悲惨そのものですね!
『八重の桜』では、後に元帥となる大山巌元帥が、山本八重の発砲により負傷し戦わずして病院送りになるんですよ。
今度は吉岡の町をゆっくり歴訪したいですね。(^o^)

No title

今年もワイワイと楽しい雪山歩きでしたね。
あそこの石碑がそうしたものとはね。
謎解きはさすがマロ7さんです。
そろそろ腰も復調気味。どこか行きましょう。(^^)

No title

ワイワイガヤガヤでしたが、morino さんがいなくて寂しかったよ。
あの山中に雨乞いの石碑以外のものがありましたから???
謎解きはこれからかな。
おっ、復帰寸前ね。(^^)

No title

はじめまして。

遂倉山に登った際に南無妙法蓮華経の石碑を見て気になっていたところ、
こちらのブログを拝見して由来がわかりました。
郷土の歴史をまた一つ知ることができて大変勉強になりました。

しかしあんな中途半端な場所にあるのは不思議です。
山頂に石碑を建てたほうが見栄えがいいような気もします。
たまたま大岩があそこにあったからなのでしょうか(笑)

No title

k1102 さん
今晩ハー、ようこそお出でくださいました。
適当なブログですのでご理解ください。
南無妙法蓮華経の石碑、まだまだ真贋まではいきませんがそのような経緯です。
郷土の歴史、まだまだ未知の世界です。
そうですね。山の中腹は不思議、私も大岩があそこにあったからだと思います。
これ以上は、但木土佐成行親友でありました台ヶ森温泉の「山野川旅館」さんにヒントがありそうですね。
行こうと思ってから実現できていません。
コメント、有り難うございます。(^o^)
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「マロのページⅢ」ブログへようこそ!
やんちゃ姫のマロ子とお山を歩きます。(^o^)

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