あの震災が残したもの…3年目

海岸は堤防の嵩上げ工事が進んでいる。
知らないうちに高くなっている。
土盛りされた街は土色に染まり色彩を失ったか。


平成11年3月11日午後2時46分・・・天地が揺れてから、もう3年が経った。。
電気もガスも水道も 電車もバスも車も…
そして18517人(行方不明者2633名含む3/10現在)の笑顔・・・
何もかもすべてが停止した。天も神も無かった。



あの日、突然の地響き、轟音と衝撃が人々の幸せを取り去った東日本大震災。
「人生は儚い 無常だ」3年経った今、あの出来事をまだまだ素直に受け入れることができない。


「やさしさ、思いやり、絆」再生へ、心ひとつにみんなが頑張ってる。
もしや、震災は奪うだけでなかったかも。もしかして、大切な心を残していたのかも知れない。
震災遺構、もう町内には民家の納屋だけしか見あたらない。



自宅から3年の来し、思いを巡らせた。
正面の横断道路ができていなければ、標高13mの我が家にも津波は到達しただろう。



そして、近くには復興団地の建設がピッチをあげて進んでいる。


震災でお亡くなりになられた方へ黙祷を捧げます。

コメントの投稿

非公開コメント

No title

震災から3年しか経っていないのに、首都圏ではその記憶が失われてきているようですね。
しかし巨大なコンクリートの堤防を作っても、コンクリの耐久年数は60年なんですよね。
作るのは国の予算ですが、その保守・補修は県費から捻出するしかないとか。
今の子供たちの時代に大きな負債を残さなければいいのですが・・・

No title

堤防のかさ上げ工事も進み、風景もまた変わりそうですね。

No title

SONEさん
人の記憶は薄れて当然ですが、まだまだ3年なんですね。
南海トラフなど日本の周辺には大きな地震が潜在していますのでどこが安全、いや、何処でも危険なのです。
田老の世界一の防波堤も津波に対応できませんでしたからね。
次の時代への大きな負債は言語道断ですね。

No title

utinopetika2 さん
我が地は何処よりも復興が進んでるように見えます。
でも、まだまだ被災者は仮設暮らしなんですよ。
堤防のかさ上げ工事、風景が変わってどうなるでしょうね。

No title

もう3年ですね。
あの時、マロ7さんは暫く家に帰られずに大変でしたね。ご苦労様でした。
一律的な巨大防潮堤よりも、地形的に本当に必要な防潮堤と避難タワー(建物)、避難経路の整備、避難訓練の充実の方が良いような。
予算が出たから箱モノに使えと言うのは短絡的すぎると思いますけど。
そして防潮堤は今度起きそうな首都圏や東海地方での地震に備えたほうが良いと思いますがねー。
いずれにしても復興を加速させなければいけませんね。

No title

morinoさん
3年前は若かったぁ~。(^o^)
帰宅してビックリしたのは家が壊れなかったこと。何しろs23年なもんで。そして目前まで津波痕跡があったことでした。
そうです、今の防潮堤経費首都圏東海地方備えることもいいですね。
浦戸には人がいない場所に、田んぼを守る防潮堤が建設されるってね。

プロフィール

FC2USER696672BEO

Author:FC2USER696672BEO
「マロのページⅢ」ブログへようこそ!
やんちゃ姫のマロ子とお山を歩きます。(^o^)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR