小山田新道の水分へ

小山田新道の水分(みずわけ)
【日   程】2014年11月22日(土)     【天 候】晴
【メンバー】 浅井さん、津久井さん、じゅんさん、井口さん、マロ7  計5名
猪野沢新道とも呼ばれる小山田新道は、猪野沢の大庄屋・小山田理兵衛が明治5年、山形県令・関口隆吉の命により猪野沢(現在は東根市)から宮城県名取郡新川村に至る新道(幅3.6m、距離27km)として莫大な私財をつぎ込んで明治10年に完成させた道路である。山形県と宮城県を結ぶ3等国道になったが、明治15年の関山新道(現在廃道)の開通によって次第に利用されなくなる。地形図には現在も破線で記載されており」荒廃が著しい。

今回4年ぶりとなる小山田新道へは、国道48号線から横沢林道に入りつめて最短コースとなるルートを選択する。
堂木沢山の北東に当たる砕石場は相当開発が進んだ。
1入口DSC05415_R

沼沢沼に至る分岐を左に進んだところ、左手にに山神碑があった。
  2山神DSC05422_R

こんな場所に何故と思うが、こんな山奥にまで里の人々が入ってたことになる。
碑の大きさは、高さ77㎝、幅40㎝、厚さ24㎝、周径114㎝
片桐清助 …石工安達俊次    …昭和12年と刻まれている。 
倒れていた石の裏面には十月二八日と判読した。昭和12年は清国との戦いが本格化して暗黒の道へ辿る我が国である。
4年月DSC05429_R

最後の橋を渡ったところで予定が狂った。杉の伐採材が道を塞いでおり早速ノコギリで2本切断…見ると奥にまで倒木、どうやら最近になって切断しそのままにされていたのである。
5橋DSC05435_R

歩くこと20分、碑文のない石碑が出てきた。(この石碑は林道作業者が遊び心で作ったか???)
その傍らに製材機械が眠っている。イワテフジのネーム、昭和50年の銘板いすゞのディゼル6気筒エンジンは135馬力と推定した。
7集材機DSC05515_R

杉林の上に鋭鋒が見えてきた。立石と地元では呼んでいるそうだ。
8立石DSC05456_R

やがて出てきたのはマイクロバス、4年前に小山田新道から見たときにはここまで進入できることで、いつかは訪ねたいと思ってた。
9マイクロDSC05457_R

昭和50年ころの日産シビリアンである。以前は屋根もつぶれておらず原形を保っていたそうであるがもう、廃棄物というしかない。
11マイクロDSC05511_R

雪が出てきて目的地の「水分」が近くになってきた。
12争奪DSC05462_R

「水分」の標示板は自分が作成し、浅井さんら東根市役所の方々がこの夏に取り付けた。
13水わけDSC05467_R

14集合DSC05468_R

山形県側最後の水場の「水分」。沢の護岸の石組みがなされている。往時はここに橋が架けられていたそうだが見る影はない。
16石組みDSC05502_R

水分」の地名について興味深い資料がある。
「宮城山遊び山語り-蔵王・二口編-」(深野稔生著)の「発見!北面白山の争奪地形」の章から引用させていただく。
この「水分」地点は二つの沢が流路を争奪している面白い所だと記載されている。
詳しくは下の地形図をご覧になると良く解るが、地形図的には大きく緩やかな沢の方に水線が入っているように見えるが(点線の水線。現在は涸れ沢)、実際は右に小さく食い込んでいる沢に水路が付いており滝となって流れ落ちている。このような河川の争奪と言う特殊な地形の為に昔から「水分」と呼ばれていたのではないかということである。
mizuwake2[1] - コピー


争奪以前の沢は正面の小高い位置であったようである。
16争奪DSC05475_R

小山田新道から外道は右手に延びて行き止まる。ササ藪が密生しておりここで昼食とする。
浅井さんは小山田新道以前にも山形の猪の沢と宮城の奥新川を結ぶ「幻の道」があり、時期は西暦1470年ころまで遡るそうである。
16昼飯DSC05484_R

県境稜線山形側のトラバース道はまだまだ北に続く。予定では掘割まで辿ることとなっていましたが、林道歩きを余計にしたので途中で折り返すこととした。
18県境から958ピークDSC05491_R

958ピーク。
19DSC05505_R


このような山深いところに私財を投じて道を切った小山田氏の偉業がこのまま廃れるのはもったいないことである。
17県境へDSC05479_R

キノコ竿をリュックに忍ばせておきましたが本日の登場場面はありませんでした。(--〆)
20DSC05525_R

この地域は95年の貸与期間がなさてているんですね。
21DSC05528_R


【参考】
 マロ7の小山田新道踏査記録2010年11月14日(日)     
http://maro407080.exblog.jp/11566248/l

関山隧道&嶺渡り フ ォ ー ラ ム 街 道 探 訪 会 - とうほくの街道
浅井さんの講演記録が掲載されています。
http://www.tohoku-kaido.com/miyagi/miyagi-img/pdf/houkoku_04.pdf


ルート図。
水分


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No title

また水分まで行かれましたか。
時間的に県境の乗越までは難しかったようですね。
個人的には三沢山から見える岩峰の立岩の上に立ってみたいです。
昔はこの界隈に沢山の峠越えの道が存在したようですね。

水分

SONEさん
講師付きの水分け往復でしたよ。
今度は県境の乗越まで行きたいですが藪が邪魔をしています。
岩峰の立岩、巻けば何とかなりそうかな。
昔の沢山の峠道、謎は深まるばかりですね。

No title

そうゆうことだったんですね~
争奪って、村と村が水争いで小競り合いをしたのかと思いました。

しかし、良く調査されていますね~

素晴らしいです。

争奪

トシヒコさん
そうゆうことでした。
普通の「争奪」って、競り合いですよね。
深野さんの書によれば、中蔵王振子沢、二井宿峠大滝川、村田町荒川でも争奪地形が見られるそうです。
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