新緑の関山徘徊

【日  程】2015年5月9日(土)  【天 候】晴
【行  程】 愛子の伊藤商店―関山の沢―東根で用足し―旧R48・永唱橋―関山墜道―戻る
【メンバー】 マロ7とおっ家内 

10時半から東根市内で用足しがあるのでその前に何とか…。
朝飯は作らないっていうので、愛子に朝飯食うとこあるからと誘ってみた。
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伊藤商店という名前は普通のお店みたいですが、人気のラーメン屋さんなんです。
多賀城、利府にもお店があるようですが多賀城は7時前だったので開店前でした。
手前は白の中華、奥は金の中華…美味しくいただきました。
初めての朝ラーでした。
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そして、ちょっとばかり関山の、とある沢へ突入です。
今年初めての懸垂下降を行ない、山菜の斜面へ…。
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前回に続いて、ヒラタケちゃんが待ってましたよ。
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ちょっとの時間で、お山の恵みをいただいた。これで弾みをつけて東根で用足しです。
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用足しが終わり、昼飯は東根市内の人気の納豆ラーメン屋さん「勘鳥居」。
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店の敷地内にはワン公が見張り中でした。
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東根市内での買い物は「神町食品」の生そば、これが旨い。
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そして、「木村商店」ヒロシのギョウザも美味い。
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さてさて、お腹を膨らまして向かったのはなかなか行くことのできなかった山形側の関山旧道です。
宮城と違い、山形は管理されているから、あわよくばかなり進めるかなと思ってましたが…。
道路は整備されてましたが、段差があり私の車ではお腹をこすってしまい断念。
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ここは高1の夏に自転車で通っています。
狩川駅の庇に宿をとり早朝に出発、途中、仙台のトラックに乗せてあげるからと言われましたが断りました。
舗装されていない峠道は対向車もあまりなく、さびしい国道でしたが、180キロを1日で自宅に到着した記憶が蘇ります。
当時を思い出させるのは、錆びたガードレールだけのようです。
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途中、エンジン音がすると思ったら関山愛林公益会の皆さんが道路の整備をしておりました。
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雨が降り出しましたがこのまま進みます。まさかここでお花見ができるとは思いませんでした…向こうの姥桜にはあらず。
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3キロを歩いて到着です。宮城側は鉄柵ですが、山形側は木柱です。
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三島県令が残した近代遺産、まさか40数年経ってお会いできるとは夢にも思わなかったですね。
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内部は栗子より崩壊はしてません。自転車通過したときには、雫が背中に落ちてブルブル、何しろこの時は幽霊騒ぎの真っ只中でした。幽霊を見たかって…。
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つかの間の、関山探索でしたが、これで両県をルートを歩けました。
一月前に取り付けた「峰渡り」の標識は健在でしたが、この冬、降雪でどうなるかは疑問符です。
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おっ家内の夕げは、山菜づくし。ミズとシドケとアイコの三点セット…いや、玉コンが見えていました。
このところ、お腹は山形仕様になってます。
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No title

山形県側の幽霊騒ぎについては話その物が全国区になりつつある白い着物の母子とされて居ますが実は本当に関山旧道の山形県側で昭和39年8月に母子が転落事故で亡くなって居ます。

 一昨年亡くなりましたが私のお婆ちゃんは元小学校の教師でして、お婆ちゃんが当時勤めていた学校の児童が亡くなったのは事実です。其れが成仏できないのでは?と考えられて居ます。

 お婆ちゃんは余り記憶力が良くないのではっきりは覚えては居ませんでしたが、関山在住の年配者の話で何となく思い出したとは云いますが、60M下の崖へ落っこちたと聞きます。遺体や事故車両は全て引き上げたと年配の方は云います。

 そんな事もあり、宮城県側のブルーバードを引き上げられないはとても考えられないとこの事例から考え書いたのです。

関山のダットサン

羽前の国の旧車狂さん
昭和39年8月に母子の転落事故がありましたか。
その当時は女性が運転するなんて珍しいことですね。
関山の幽霊騒ぎは、これが根拠かとうなずけますね。
先日、山形側を歩いたときには道路下は宮城側より落差がありました。夏に、沢を遡上してトンネル入り口に出ようと考えましたがこやめます。(笑)
山形の事故車両は引き上げ、宮城県側のブルーバードを引き上げられないこと。やはり、廃車なんでしょうね。


調べていたら、このようなブログがありましたので参考まで
2012/6/29  10:14「峠の母子 #8」  小さな旅に
ここまで来ると、現国道からは完全に隔離された状態になる。
まさに山中に一人きりだ。旧トンネルまではさらに約1km。
このあたりで道路わきの谷底は70mもの深さになるという。
おそるおそる谷間をのぞくと、なんとクルマの残骸があった。
この光景は衝撃だった。大昔の事故車両が未だに放置されていると思ったからだ。
これはあとから聞いたのだが、どうも廃道になる時に不法投棄された車両らしい。
だが、そうとは知らない僕にとって、この光景にはやはりぞっとさせられた。

昭和39年

 紹介された峠の母子見ましたが、山形側の話はありませんね。それと転落した車両は100%あのブルーバードですね。

 ほぼ間違いなく不法投棄&タチの悪い悪戯と断言できます。

 昭和39年は何かと有ったみたいですね、この年の一家全員死亡事故もあちこちで聞きます。41年の交通慰霊碑の件は何もないみたいですね、
 
 さて山形側の事故も昭和39年ですが、あの当時女性ドライバーは非常に限られて居ました。お爺ちゃんは昭和37年に免許を取得しました。それとお袋ですが、地元の市役所に昭和49年より35年間務めますが、当時女子職員で運転免許取得した者はお袋が10番以内に入るそうです。そんな時代ですからかなり目立つ存在でしょう。(お袋は今年65歳ですが3年後にストップアシストの軽を新車で買ってそれを最後の車にするそうです)

 因みに町内でも運転免許取得の女性では第一号です。そうかと云ってお袋はぜ~んぜん車に関心はないです。

 さて

勘鳥居

『勘鳥居』の看板犬、なかなかの風格ですね。今度行ってみます。

勘鳥居

lc4advさん
勘鳥居の看板犬は石臼に入って無口でした。
納豆ラーメンがお奨めですよ。

不法投棄とは…

羽前の国の旧車狂さん
「峠の母子」、山形側の話ではなかったのでしたか。
不法投棄&タチの悪い悪戯とは許せないですね。
 昭和39年、東京オリンピックの年ですが、仙台近郊は新産業都市の開発整備で農地はなくなり、農家のお母さん達は皆さんが免許を(簡単にできたよう??)取得した。
わたしもソロソロ、ストップアシストの軽もいいですなぁ。
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