舞鶴山と吉田大八

【日  程】2015年6月20日(土)   【天 候】晴
【メンバー】maro7 単独  
東根で12時からあります行事に参加するのですが、11時まで戻るならという制限で、天童市の中心部にあります舞鶴山へ行ってきました。
登山の部類には入らない散歩コースのお山ですが…暑いからそれなりに汗はかきましたよ。
国道13号線西側にある舞鶴山は天童温泉の南側にあります。
舞鶴山は、まちのシンボルとして市民に親しまれ、山頂の展望広場(平成21年度に再整備)からは、月山や朝日連峰、最上川などが一望、桜の名所としても知られています。
DSC08992_R.jpg
小高い丘、という感じの舞鶴山(標高242.1m)です。ここは舞鶴山の一部が公園となっており、中世に畠天童丸が築いた城山だったといわれており、公園内には色々な寺社仏閣などもある古城なのです。
DSC08993_R.jpg


愛宕沼にはアヤメが咲きだしました。
DSC08994_R.jpg

沼を半周して先に進むと山頂に向かう道の分岐になり、ヘアピンカーブを経て山頂へ向かいます。
DSC08995_R.jpg


おっ、マロ子かと…今日は自宅待機でした。
DSC08998_R.jpg


車道を登りきった左側に愛宕神社入口の案内がありました。それによると舞鶴山には中世時代に足利氏の流れを引くという天童氏によって天童城が築かれ長らく受け継がれていたのが戦国時代の末期1,584年に最上義光よって攻略され、その後、最上氏によって愛宕神社が建立されたとのことです。
 DSC09001_R.jpg


左側に展望台があります。愛宕神社の参拝者も多いのでしょうか山道にはしっかりとした道です。
DSC09004_R.jpg

東方向へ一登り、山頂部は広い平坦地になっており入口側の左手に電波塔と古峯神社がありました。
DSC09009_R.jpg


平坦部の奥には愛宕神社があります。神社手前の左側が一番高い地点給水塔があるだけでした。
DSC09014_R.jpg

 愛宕神社の正面には南に下る石段がありましたがパス、登り口の展望台に戻り、北側の車道を進んで愛宕神社参道下にでました。途中には古井戸が見受けられます。
DSC09020_R.jpg

天童神社。
DSC09024_R.jpg


車道を登り口に戻れば将棋の森となり大きな駐車場です。有名な人間将棋はこの広場で行なわれるようです。
DSC09027_R.jpg

DSC09028_R.jpg


そして、吉田大八の碑。青銅製の為、今でも文字がはっきりと読みとる事が出来ます。
 吉田大八は、天保3年(1832年)、江戸天童藩邸に生まれました。15歳で父の跡を継ぎ、天童藩大目付、武具奉行、藩校養正館督学(校長)などの要職を経て、慶応3年(1867年)中老に昇進しました。要職を歴任する中で、江戸では安積艮斎に就いて儒学を学び、天童では、藩財政の立て直しに取り組みました。当時、天童織田藩の財政は困難にあえいでいました。大八はその救済策の一つとして将棋駒の製作を奨励したといわれています。また、戊辰戦争の時には、藩主織田信学の代理として、奥羽鎮撫使先導役を務め、薩摩・長州などの官軍と共に庄内軍と戦いましたが、庄内軍に攻められ焼かれてしまいました。その後、奥羽列藩同盟が成立するにおよんで、藩の責任を負い、明治元年6月(1868年)切腹して果てました。
DSC09030_R.jpg

舞鶴山を降りて途中に「旧郡役所」がありました。見学は時間がないのでお預けです。
DSC09034_R.jpg


 そして佛向寺へ、天童藩家老吉田大八の墓所がありますが、見つけられませんでした。
 ここは一向上人(時宗一向宗の祖)が開いたお寺で、鎌倉時代に藤原氏の荘園だった成生荘に最初はあったが、現在の本堂は文政8年に再建されたものだという。毎年11月17日の開山忌には一向上人ゆかりの踊躍念仏が行なわれるそうです。
DSC09036_R.jpg

吉田大八自刃の地、観月庵も次回に持ち越しです。
DSC09039_R.jpg


舞鶴公園駐車場近くに「いちばん星 佐藤千夜子の生家」の案内看板が見えました。
古い話ですがNHKの朝の連ドラをかすかに思い出します。
 DSC09041_R.jpg

2時間、7キロを歩いての天童の舞鶴山を戊辰戦争の歴史を垣間見ました。
今度は、ゆっくりと見たいものです。
DSC09029_R - コピー

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こんばんわ。

時々ですが、そこの展望台で黄昏ています(笑)灯台下暗し。そんな歴史があるとは知りませんでした。次回の黄昏は、歴史に触れてみようと思います(^^ゞ

戊辰の歴史

モンキィさん
あそこの展望台はいい眺めですね。
黄昏るのは当然ですよ(笑)
山形、戊辰戦争の歴史を辿ってみたいですね。
宮城では戦場となったところ、県南1箇所だけです。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

FC2USER696672BEO

Author:FC2USER696672BEO
「マロのページⅢ」ブログへようこそ!
やんちゃ姫のマロ子とお山を歩きます。(^o^)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR