関山峠のダットサン

謎に満ちた、関山旧道沿い崖に転落している乗用車は本ブログ(関山界隈)で何回かアップしています。。
昨年4月には、現物まで近づいて撮影、車種の確認をおこない昭和の感触を味わいました。
道路から数十メートル下に、放置されている乗用車はなぜ落下したのだろうか。事故か、それとも投げ捨てか????
ダットサン ブルーバード P310型(1963年)
ダットサン_R

車両解説
日産自動車は1959年7月、110型からつづくダットサンセダン210系をモデルチェンジした310型、つまり初代ブルーバードを発表する。長期にわたる市場調査から生まれた新型は210型の堅牢さを受けつぎながら多くの新技術やエレガントなスタイルを採用。またたく間に小型車市場を席巻した。大きな特徴は世界でも初めて女性仕様のファンシーデラックスを設定して女性にも大きなアピールをしたことであろう。この312型は1962年にマイナーチェンジを受けた最後のモデルで、63年には410型とバトンタッチすることになる。
さてさて、宮城側入り口の左手には、ガードレールをまたいですぐのところに交通通安全を唱える交通安全慰霊碑があります。
「昭和41年8月8日不慮の事故に依り此の場所に於て○○○○、○○○の両名が帰らぬ人となる茲に其の霊を慰める為建立せるものなり」昭和42年8月1日 友人一同教師有志親戚一同  と刻まれています。
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そして、 2014年11月8日(土)「関山の沢は広瀬川の源流」を辿る  http://maro70.blog.fc2.com/blog-entry-492.html
と、タイヤが見つかり、謎は深まるばかり。
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実際の体験談もあった…
「宮城地区雑記控(増補版)」仙台市宮城地区郷土史研究会H24.10.27発行・参照抜粋
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現在の国道48号線関山トンネル、旧道はこの手前を鋭角に左折する。
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鋭角の道路には橋が現存している。
荷物を満載したトラックは惰性をつけて登るがこの鋭角で減速し、1速に切り替えて隧道を目指すのである。(昭和40年頃親父のいすゞ6トントラックの助手席に乗ってての記憶)
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旧道は荒れており歩行のみ可能。
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見事な石組みが残されている。
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「江戸期のみち・峰渡り」の交差部には20分弱で到着。(GPSは途中から電源入れましたので12分の所要)
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峰渡りの交差部を過ぎますと、右手にアルミの梯子が設置してあります。
峰渡り交差部は崩壊で落石危険あり、昨年、関山フォーラム協議会で設置したものです。
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この梯子を目印に道路崖下に目を配ります。
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木々の中に車体が見えますでしょうか。今回はロープを持参しました。
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20mと15mロープを結んで降下。
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35mロープでは足らず、急斜面のなかでこれから見分します。
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フロント部です。ライトガラス、電球はなし。
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エンジンルーム、オイルキャップがありません。ドレーンプラグはあります。
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車種プレート。1963年は東京オリンピックの前年ですね。
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車体右側。
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右側前輪。
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右側前輪ハブ。
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右側後輪
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右側後輪ハブ。
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後部。
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後部拡大。
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室内。
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左側。
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室内。
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左側前輪。
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左側後輪。
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ダットサン ブルーバード P312型「ひと時の夢をありがとう」
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関山旧道の交通事故多発、沢の廃タイヤ、大雪のなか女性を乗せた体験談、崖に転落しているダットサン…????
そんなロマンを馳せての関山旧道。
そして見分結果は…
1.エンジンが着いていた。(オイルキャップはなし・ドレーンプラグあり)
2.タイヤホイールなし。(ハブボルトは変形なし)
3. ハンドル、パネル、メーター、座席なし。
4. ガラス類が見当たらない。
スクラップ車両と断定です。
しかし、なぜ落下したのかは????
故意に投げ捨てよりも、搬送中に荷崩れを起こして落下したのでしょうネ。   
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数年謎であった関山のダットサン。
謎の部分が解明できた満足…いぇ、安堵感…やっぱり謎でよかったかな…と複雑な心境。
峰渡りを坂下蕃所跡(昨年建てた峰渡りの標識は見事に越冬を確認)に辿り、マロ子の待つ駐車場に戻りました。
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関山のダットサン

 今から記事が楽しみであります。一応このネタにつられてここにやって来た旧車キチガイですので、答えは判りますがあえて今はお答えしません(笑)
 実は今日仕事をサボって年休を取りダットサンと同じ年式のクラウンで作並に参上してランチをしました。

 関山峠の雪女の話は初めて聞きました。私が生まれる前の年だったんですね、未だ関山隧道が閉鎖される前の年であります。(マロさんのブログより閉鎖年は私が生まれた昭和48年と断定)

 さて4/10の勾当台公園覚えて頂けたでしょうか?イベントに出ます。私のクラウンですが、親父が昭和47年3月~6月までは運転しました。大き過ぎて運転が苦手な親父にはキツくて6月中頃にはカローラを新車購入しました。親父は急死でしたので、幽霊になったと云う事で生徒の間(生前は中学教師でした)であります。幽霊が運転したクラウン!どうですか?(笑)4/17で生きて居れば72歳で7月で亡くなり29年です。

 でも親父が運転が苦手は良かったのです。私みたいに上手いと彼の性格では10年使えば寿命と考えており、私が物心つく前に手放したと思います。親父がづっと乗らず良かった!

関山隧道

羽前の国の旧車狂さん

 関山峠の雪女の話は、昭和40年代初めに噂になり、河北新報にも掲載(河北抄コラムだったかな)されました。
高1の私も昭和43年夏に東北を自転車旅行、早朝に余目町を出てお昼過ぎに自転車で関山隧道を通りますが、幽霊騒ぎのことが頭にあり、真っ暗な隧道は不安と、幽霊に出会う期待がありましたね。(笑)
4/10の勾当台公園、予定に記録していましたが、お山とバッティングしています。(苦)
 旧車クラウンに乗って作並でランチは、贅沢ですなぁ~。



お~お~

 こんな早い時期に探索してくださり有り難く思います。楽しみですね、どんな具合になっているのか?

 実はこの旧道昭和39年5月19日にお袋の従弟で当家で兄弟同然に育った方が松島基地所属のパイロットで、その方が殉職し、20日にこの峠を初代クラウンベースの自衛隊仕様のマスターラインで当家に還りました。私のヤフーブログでこの記事が2年前にUPしたけど人気がありほぼ毎日閲覧してくださる方がいらっしゃいまして、今年記事のリニューアル予定です。その際マロさんの写真お貸し願えないでしょうか?

 因みにヤフーでは「高村円淨(たかむらえんじょう)」と名乗って居ます。UPは5月に予定しています。

 然しこんなに急斜面にあるとは・・・・やはり登山経験中級以上の実力なしでは難しいですね。因みに私は登山経験は全くないです。

昭和43年

 マロさんは庄内の方でしょうか?イヤイヤここまでお昼到着とは凄いです。私は昭和62年8月上旬親父が亡くなり10日して生前「女の子で仙台まで自転車で行った人が居る」と聞いたので、負けて居られないとばかりに昭和39年購入のツノダのママチャリで仙台に行こうとして見事にトンネル付近でチェーンが切れて断念しました。自転車さんにこれば無謀と云われました。尚この自転車修理して今も乗っています。

 昭和40年代初頭で雪女の話が新聞に出るとは凄いですね。不思議な魅力がやはり探索者を呼びつける一因ではないでしょうか?

 4/10日は10時までは展示します。実は私のクラウンは長距離ドライブ用で、東京に行く時はこの車ですが、家族は誰も乗りません(笑)

年度末ですね

羽前の国の旧車狂さん
□この日は東根で用件を済ましての帰り路でした。1時間あれば目的達成かなと一人で踏み込んでいきました。
□ 昭和39年松島基地所属のF86でしたか。私の写真はどうぞ使ってくださいませ。
ヤフーの「高村円淨」ブログは最近発見していました。
□ 現場の急斜面は安全のためロープを出しました。
□私は伊達の国の沿岸部です。
□夏場の自転車旅行は暗いうちにでますのでおそらく関山までは6時間あれば、ですからお昼到着の記憶です。
□昭和39年購入のツノダのママチャリ、これも貴重な財産ですね。

推測結果

多分ですが私は悪戯目的でスクラップとなった廃車を入手し、R家一家全員死亡事故の伝説を作ったと推測しています。
 スクラップ材料となった廃車が荷崩れで転落は可能性がありますが、旧道が廃道となった時期を考えると微妙です。
 何故なら昭和43年9月30日までは現役ですが、当時5年オチのブルーバードやコロナは需要がありました。これがクラウンやセドリックだと需要はなく、43年当時で廃車は珍しい話ではないです。

 それと現道開通後危険な旧道をスクラップ満載で走るにはリスクがあり、スクラップ材転落は考えにくくなります。

 それとシートがない、メーターやスプリング、エンジン回りの補機類が無いはそのままスクラップ直行であったと思います。

 年式と打刻がありますが、昭和39年7月14日まで年式を車体番号に打刻しなければならない制度があり、9月21日以降製造以降から次の年度の年式となり、私の車にも同じ様に年式が打刻されています。

 年式打刻制度は私のブログの初期の記事に出ています。

関山ダットサン、やっぱり謎ですね

羽前の国の旧車狂さん
そのような推測もあるのでしょうね。
我が家でも、当時はコロナがありましたがこの時代、今とは違って数年乗れば廃車で、S43には下取りに出しています。
山形のスクラップの行き先はどのような流れだか知りませんが、地理的事情で宮城に流れたのはあるでしょう。
関山新道の開通前か、開通後の出来事かは知る由もありませんがS38の車ならば新道開通前の事象のことかと認識いたします…???
R家一家全員死亡事故の伝説は何かの出来事があったのでしょうか…伊達の国の私は知る由もありません。
この時代、トラックに荷物満載は日常茶飯事です。高さ制限、重量も超え、スクラップ満載は当然、山中に荷物が落ちればそのままでしょう。
色んな夢を馳せる一台のダットサン、今の時代となって古きよき時代の昭和を漂わせる関山の財産だと思います。

山形のスクラップは

 今も昔も仙台方面に流れる筈です。昭和40年代だと解体屋によっては酸素でブッた切ったり、重機で適当に潰したりと色々で、写真の様な使える部品を剥ぎ取って、溶鉱炉に放り込むには問題ある樹脂部品などを外して売却もありました。先ず間違いなく溶鉱炉に放り込む寸前の状態なのは確かです。

 それと関山峠は何かと話題が多く奥が深いです。私のブログには今東根市沼沢~かつらざわ橋までの旧道探索をUPしましたが、こことて謎が多く唸りながら記事を作っています。
 ブログにありますが悪戸の細い杉林の中の道ですがあんな所をどうやって大型車は走ったのだろう?が今は新たな謎です。

 そしてこの謎のブルーバードはより関山の魅力をそそりますね。もっともっと関山を知りたくなりました。

 

R家一家全員死亡事故

 マロさんから教えて頂いた関山の怪談から知りましたが、事故は昭和39年9月22日だそうです。
 R家のお婆さんと障害がある赤ちゃんをタマタマ家に置いて家族が長男が運転する乗用車に乗って関山峠を走ると運転未熟から宮城県側で死亡事故を起こし、母親が血だらけになって通りがかりの車に乗せて欲しいと懇願する話です。
 これもどこまで本当かは信憑性が低く私は息子の名前があの当時の青年の名前にしては考えられない名前なので作話とは見ていますがこれに便乗して旧道閉鎖前にスクラップを放り投げて「今だ引き揚げられない事故車」に見せかけていると見ています。

 でも石碑にある昭和41年8月8日の事故は先ず本当に有ったと見ています。只云える事はあのブルーバードを親父と同じ世代の若い教師には絶対買えない事は確かです。仮にどうにか買えても維持費をねん出出来ませんから。その時点で100%関係ないと断言していました。
 
 

関山ヒストリー

羽前の国の旧車狂さん
関山峠は江戸期に「峰渡り」が開通するのですが、太平洋と日本海を結んだ交流路は辿れば縄文まで達します。なにしろ、太平洋側から出土する縄文土器には壊れた部分の接着材料としてアスフェルトが使われているのです。おそらく、新潟か秋田の油田から出たのアスファルトらしきものですが何千年も人が往来していることは確かです。
それにしても「R家一家全員死亡事故」の実話はドラマもどきですね。
事故発生日のは昭和39年9月22日までわかればそこから進むことができそうですね。
 旧道入り口の石碑にの事故は仙台の某商社のお二人だと聞いています。

No title

早速写真利用させて頂きました。明日は残りの第2弾ですが、初めて聞いた事が交通事故慰霊碑の男女は商社の方とは初めて聞きました。教職員一同だから教師と聞いたのです。

 となると・・・・もし本当に商社ならばブルーバードは無理でもスバル360とか或いはミゼットいや、下手すればパブリカ???だったりして。少なからずやっかみを持たれる教師の世界ではスバル360やミゼットでも若者には無理な代物です。まぁ昭和41年8月9日以降11日までの河北新報が手に入れば判る事でしょう。

 明日解説しますが、デフのドレーンボルトが無いので益々スクラップ材である事は濃厚です。恐らくエンジンオイルドレーンもない筈。

スクラップ車

羽前の国の旧車狂さん
交通事故慰霊碑の男女は商社の方ですが、数年前に以前の職場で話しになった時にご存知の同僚がいて、お二方は○○○商店と…まぁ、聞いた話ですので…。
エンジンオイルのプラグは付いていました(確認)がデフのドレーンボルトがありませんね。内装が全く無いのでほぼスクラップ車でしょう。
プロフィール

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「マロのページⅢ」ブログへようこそ!
やんちゃ姫のマロ子とお山を歩きます。(^o^)

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