千年クロベに会いに

【日  程】2017年6月18日(日)  【天 候】曇
【山  名】 栗駒山麓…羽後岐街道と千年クロベ
【行  程】世界谷地駐車場→世界谷地→お助け小屋跡→大地森分岐 → 大地沢 →→小桧沢一本杉のマサカリ山神→小桧沢2号橋→千年クロベ→往路戻る→世界谷地駐車場
【メンバー】船形山ブナを守る会の皆さん25-2=23名 
「船形山ブナの会」行事に今年2回目の参加です。
参考2011年6月26日の記録はこちら→ http://maro70.blog.fc2.com/blog-entry-184.html
久しぶりの栗駒山…でも山頂へは行かないのです。
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宮城、岩手、秋田3県にまたがる栗駒山、その宮城県側の中腹に位置する「千年クロベ」(ネズコ)は、世界谷地から湯浜温泉間に残る古道(羽後岐街道)の中間部にあり、小桧沢との合流地点に位置します。
船形山ブナを守る会圏外の山行ですが25名が集合ですが、のち2名はイワナ丼へ向いました(笑)。
「船形山ブナを守る会」さんとのお山歩きはこれまで(割山大滝・ブナ平・七ツ森3山・達居森・薬莱山・後白髭山)と同行させていただき、今回で8回目です。4時、自宅発し7時に世界谷地駐車場 集まりました。
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仕度をしていると、YOSHIKOさんからプレゼント…\(^o^)/ヤッッホー
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登山道入り口の案内板(本日のコースは赤線です)。
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案内人は地元の「栗駒の自然を守る会」の佐藤(定)さんのガイドです。
2番手は大阪からはるばるお出でになりましたお姉さま。…凄いパワーです。(*゚Q゚*)
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早くもギンリョウソウが出迎え。
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世界谷地にワクワクします。それにしても、何で世界って地名なのか…栗駒谷地でもいいんでがなぁ…って。
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木道は工事中で、周回はできず行き止まりです。
正面の山は揚石山、いつしか栗駒山を敗退しmorinoさんと登りましたな。
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ワタスゲが見頃を迎えていました。ワタスゲは山の花で一番早く覚えたかな…だって、見たら綿だと思ったからこれは忘れん。
さて、その「世界谷地」の世界なんですが、案内人よりお聞きしましたことは、奥州藤原氏の時代までタイムスリップ。
このあたりにはお寺があって、兵隊の役目もするお坊さんもいた。ここは「万坊平」と呼ばれたそうです。
万坊とは広い世界…という意味を持つそうで…世界になったのでは…と。なるほど納得。
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ニッコウキスゲはまだまだかな、山は左手が大地森、栗駒山と見える。アレッ、雪渓に丸いものが見える。
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ズーム、御室の右手上にある雪渓にはまさしく環がありました。案内人の説明では環は氷で黒いのは汚れだそうです。
ストーンサークルならぬ、異星人のスノーサークルに期待したのですが…。
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ブナの会の山行きはそんなにハードではありません。(笑)
休みも多く、その休み時間には和気藹々の話があちらことらから飛び交うのも楽しみなのですよ。
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ブナの若芽が目につきます。案内人の説明では3年目くらいだとか。
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大地森分岐で、一休み。
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エネルギッシュの方は、スルスルと登った。
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大地森分岐を西進します。
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小さな沢の渡渉が数箇所。
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見事なネジリブナに驚き。Σ(゚□゚(゚□゚*)
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大地沢の渡渉、立派なロープが張ってありますが、転倒注意。
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栗駒山麓の広大なブナ林を横切るルートは、どこまでも広大なブナ林が続きます。
そして小桧沢を渡ります。
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ここは「一本杉」、このルート要所に杉が植えられ目印となっています。
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一本杉の下には石碑がありました。
木柱には「鉞山神」と表示、それにしても鉞山神の石碑はどこかで見たな…と。
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羽後岐街道から左へ曲り小桧沢林道へ辿ります。
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20年弱しか利用されなかった小桧沢林道、今は登山者の通過として役目を果たしている。
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今ではここの名物となったか軽トラック、もう屋根とフロントガラスが凹んでいた。
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やがて両側に、桧が目だってきました。
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太古の歴史を見ている千年クロベ、震災は何度経験していたのだろうか。
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林道に戻り短い昼飯タイム、お肉「ごっつおうさま」でした。
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帰りはタケノコ探しに…アレッ、誰かがもう採っていた。
いえいえ、誰かではありません。もう、熊さんが入って喰っているのだと…。
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曇り空でしたが、日に焼けないし、汗もそうかかないし、いいお山あるきでした。
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大地森分岐で、それぞれのスピーチはブナの会のハイライトです。
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このルートは所々に杉が目印となっています。ふと、標柱をみますと「お助け小屋跡」だした。
この道を地元では「羽後岐街道」と呼んでいるが、、正保絵図を基にすると「田代長根越え出羽街道」というそうです。
いつ、どのように「羽後岐街道」と命名されたかは不明だそうですが、「羽後」とあるから明治以降の名称となるようです。
羽後(秋田)に通じる岐道ということと、みやぎ街道交流会初代会長の高倉淳氏は説明している。<仙台領の街道2006年無明社出版発行より>
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案内人の佐藤さん、そして船形山ブナの会の皆さん、古の道歩き、楽しかったです。有難うございました。
【補足です】
この街道は前九年の役に源頼義親子が安部氏征討のため出羽の清原氏の援軍を得て、一万数千の軍が屯丘(旧栗駒町尾松)に向って進んだ道だという。そして、戊辰戦争では秋田口を撤退するとき、仙台軍3000、一関軍500人がこの道を通って引き揚げたという。藩政時代から明治の半ばまで仙台と秋田の交易は活発であったという。
小安温泉が荷継場、商い所となりその荷物を運ぶ背負子がこの活況を支えた。秋田からの物資は大館物川連漆器が大半で、仙台からは海産物や鉄器が運ばれたという。しかし、明治26年に秋田平鹿と岩手和賀を結ぶ、馬車も通れる平和街道が造られて羽後岐街道と小安街道はさびれてしまった。<仙台領の街道2006年無明社出版発行より>
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