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横川堰~入ナンバ沢…

【日  程】2018年7月22日(日)  【天 候】曇
【山  名】 南蔵王・入ナンバ沢
【メンバー】白峰会の皆さん15名、一般参加2名(ヤシマさんmaro7)
【コース】刈田峠駐車場→作業道→一枚石沢出合→一枚石沢下降→二ツ石沢→横川堰    →滝(12m)→二俣(入ナンバ沢出合)→エコーライン→刈田駐車場
行動時間  8 時間  移動距離   約  km
遠刈田に集合して分乗、エコーラインを山形県に入り、地図では冷水山西側の所から出発、横川堰の作業道を進む。
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助左衛門堰あとを通過すれば一枚石沢は近い。長くなりますが上山市HPではこうだ。
横川堰は、南蔵王山系を水源とする宮城県の横川(白石川支流)から取水し、上山市の主に東(あずま)地区の水田へ潅漑している非常に重要な利水施設であります。また、山岳地帯の県境を越えた潅漑水路としては全国でただ一箇所の貴重な施設となっております。
 この横川堰開発の歴史は古く、江戸時代まで遡りますが、現在の横川堰が造られるまでには、先人達の並々ならぬ苦労と努力があり、ようやく明治12年に山形・宮城両県令の了解により水利権が認められ、明治13年から始められた堰堀り工事も明治14年には完成し、現在の横川堰の原形となる堰の通水が開始されております。その後、水路の改修工事や災害復旧工事などと併せ、慣行水利権から許可水利権への移行などが行われ、現在の墜道やコンクリート製の水路に改修されてきております。  横川堰は、宮城県刈田郡七ヶ宿町において1級河川阿武隈川水系横川から取水し、途中国有林及び宮城県有林を通過し、県境を越えた後に1級河川最上川水系須川支流萱平川に放流される、延長約3キロmの山腹水路である。
 堰の開発の歴史は古く、「寛政6年に菖蒲村(現上山市)の利八というものが、大平(現在の上山市菖蒲から古屋敷に至る県道沿い)の開田を思い立ち、お上に願い米沢領預り所、竹の森にいる兵藏というものを雇い、横川から一枚石、久保倉山を通して水通しを行い、米等の援助を受けた」といわれ、これが横川堰開発の最初と記録されている。
 その後も下流域の開田の願い出と共に、新しい堰の開発が目論まれ、その歴史については、下記のように記録されている。
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一枚石沢に入渓し遡上ではなく遡下する。17人もの集団が沢に入るとそれは凄い。
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今日はサングラスなしで…。
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横川堰に到着する。急遽…壇上に上がってしまいスピーチするおじさんがいた…。(*´~`*)
助左衛門は温泉探索のおり七ヶ宿の横川に湧水を見つけた。湧水の場所は七ヶ宿にありが、上山の新田開発を思いつき、七ヶ宿にことわりをいれて水路の建設をはじめた。しかし、他藩の水を越境して取水することが問題となり工事は差し止めになる。
七ヶ宿はその名のとおり街道筋の宿場町、寒冷山岳地帯で米は採れない。本来の年貢に加えて参勤交代や旅人への飯の提供があった。そこで七ヶ宿の代表者は水をやる代わりに米の提供を持ちかけた一石二鳥の話だったが…がそう問屋はおろさない。
ここには小藩である上山藩と、大藩の仙台藩の確執があったのだろう。助左衛門は再三願書を出し続けるが民意叶わずして亡くなる。
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江戸時代、ここの水利権は角田の殿様である石川家が権限を持っていたようで、上山藩の方々は白石を飛び越えて角田参りをしたようだ。独眼流政宗の時代では白石の片倉家が伊達家№2だったようですが、時代が進むに連れて血筋の石川家が№2に代わっていたのには驚きである。
藩境は尾根か分水嶺となるのだろうが、七ヶ宿は違う。二井宿峠のある山形県高幡町もかなり宮城県が食い込んでおり、それなりの境界争いがあったようで、力ずくで伊達家は奪い取ったのだろうか。
やがて、時代は明治維新となり山県県令は関山隧道、栗子隧道を作ったあの薩摩藩士出身の鬼県令の三島通庸がいた。
一方、宮城県令は福井出身の松平正直、薩摩という巨大な後ろ盾がある三島は、上山で松平宮城県令と会い、強引に<推定>
横川の水を士族救済事業として堰と運搬路の建設を許可させたのだろう。
水路は急勾配を無くすために、夜間に提灯をともして落差を測ったようで、水路のトンネルにしても凄いと思う。
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ここ横川堰から東の位置には「三つの幻の沼」が存在する。助左衛門が発見した湧水はそのうちのひとつだろうか。
過去の記録ですが、お暇なら立ち寄りください。
南蔵王・「幻の3沼」を辿る幻のオジ山道中!(^^)! 【日 程】2015年10月12日(月) http://maro70.blog.fc2.com/blog-entry-573.html
南蔵王・「幻の3沼」を辿る幻のオジ山道中! 【日 程】2012年10月14日(日)http://maro70.blog.fc2.com/blog-entry-305.html


釜が出てきて誰かが飛び込んだ…。
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沢ガールも飛び込んだので、沢おんつぁんも飛び込んだ。
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今夏2回目となる沢登り…初級者コースと思いきや。∠( ^ o ^ ┐)┐ ヨォ…
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時には、岩魚つかみに夢中になったり。
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雰囲気の沢が続きます。
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ここの釜渕はかなり深い…岩肌にへばりつく。。
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各人によってルートは様々。
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水も滴るいい女(沢ガール)、若いから水ははじくんだな…。
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ラッコもいた。
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本コース最大の滝は二手に分かれ登る。
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私は右岸を選ぶ。左岸はガレ場を登りトラバース。
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若者は縦横無尽、どこでもアタック。
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ここは登れない。藪に苦しめられながら左岸高巻きする。
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最後の水場は湧水、まさに美味しい寒露であった。(帰宅して焼酎水割りでいただいた)
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詰めは藪こぎながら沢形がエコーラインまで続いてるので辿る。
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エコーラインに出て満足。
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何々、仙台は36.7度だって、ここは20度で風があって寒いくらい。。地面のアスファルトの熱りが有難い。
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そんなことで、8時間、8キロ歩きの沢登りを堪能、富山に帰るサスケさんを見送る。
白峰会の皆さん、楽しい真夏の1ページを有難う。

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ありがとうございました!

先日は、久々にマロさんにお会いできて、嬉しく楽しい一日でした。
まさかあの日が猛暑日になっているとは思わないくらい、快適な沢登りでしたね。
無料講話もありがとうございました。歴史を知って登ると、また思いも違いますね。
それにしても、カメラ機能すら使えず、2回も釜に飛び込ませてしまい、すみませんでした。体調は、大丈夫でしょうか。

爽やか沢ディ

八木山さん
私こそ、久しぶりにお会いでき、老人パワー全快でしたよ。
楽しく、激なところ?もあり沢の醍醐味を味わいました。
無料講話ではなく…無量講話だったかい。
「山と歴史」この頃は汗を出すよりもこちらの方に片寄りかな。
楽しい釜のなかでしたよ。。
次回を、楽ちみにしております。この暑さ、頑張ろう。(^^)
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