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鯨と斗う男

夕方かけて石巻へ…。
映画は年に1回見ればいい方ですが…。
高倉健さん主演、昭和32年の作品に眼が潤んだ。
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捕鯨の世界に生きる男たちを描いた高倉健主演映画「鯨と斗う男」(1957年、上映時間79分)の石巻市での上映会は募金活動が実った賜だ。

 鯨の町・鮎川を舞台にした東映作品は映画には東日本大震災前にあった古里の光景が刻まれている。
活気のあったころの古里の風景を市民みんなで見ようと再上映の運動に取り組んできた、石巻市生まれのノンフィクション作家大島幹雄さん。

 フィルムをDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)データにして上映するための経費を賄うため、昨年夏ごろから寄付を呼び掛け、フィルムからDCPデータへの変換作業が終了したという
 上映会は石巻川開き祭りに合わせて8月2日午後1時と3時、6時からの3回、みやぎ生協文化会館でした。
9月にはロケ地の鮎川でも上映会が行われるという。


捕鯨船隼丸の船長権堂は人々から鬼と恐れられていた。それは、無慈悲なまでの部下の仕込み方と、鯨をみつけたら最後、どんな無謀な手段をも選ばぬ人柄が人々の反感を呼んで生れた言葉なのである。
しかし、銛砲を前にしては彼の右に出る者はなかった。そこへ新進気鋭の銛打ち山上洋介が転任して来た。死んだ洋介の兄は、もと権堂の下に働く有能な銛打ちであった。権堂の酷使がその死因だ、と噂されていた。洋介は快天丸に配属された。洋上に鯨を求めて、権堂の隼丸と洋介の快天丸とは、海原に死闘を繰り展げた。しかし隼丸の仁義を弁えぬやり方に、快天丸の乗組員は憤満を押え切れずにいた。
その上、度重なる権堂の横車に、遂に乗組員たちは洋介を先頭に権堂を取巻いた。権堂と洋介との大格闘。しかし流石の権堂も多勢には抗し難く、みんなにのされてしまった。ベッドに傷つき横たわる彼を、酒場カモメ亭の女給ユキが慰めた。彼女は、心の中では洋介を慕っていたが、この権堂に対しても、父に対するような好意を寄せていたのである。
そして、彼女は洋介に権堂の秘密を打明けた。権堂は、盲腸炎の手遅れから若くして死んだ洋介の兄を今でも惜しんで、船室のロッカーの中に仏壇をしつらえ、その上遺族にも仕送りを欠かさずつづけていたのであった。権堂の心の温さに触れた洋介は、心の打ちとけるのを感じた。--権堂の計いで、洋介とユキの間も、お互いに心が通うようになった。権堂をしのぐ銛打ちに、と今日も洋介は快天丸の銛砲をかまえ鯨を追う。その海原の彼方には、これも鯨を迫いつづける権堂の隼丸の姿がみられた


こんなストリーでした。鮎川や石巻、松島の映像そして牡鹿半島の山々が出てきて瞬きをしないで見た。
高倉健さん作品の走りですがこのあとから任侠伝にヒートアップするのですね。


映画を見てから中洲の旧岡田劇場跡に行ってみたが面影はなかった。
劇場入口の岡田劇場5人衆の看板が蘇った。美空ひばり、三波春夫、由利徹、石ノ森章太郎の真ん中にジャイアント馬場さんが居座るのはファンとして嬉しい。
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