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翁山「やまびとヨシゾウ」に想う


【日  程】2019.9 /7(土)     【天 候】晴/曇
【行  程】  ハリマ小屋~ 翁山山頂 ~クルミ平分岐(昼食) ~不老長寿の泉~クルミ平~ハリマ小屋
【メンバー】 船形山のブナを守る会の皆さん…23名だっけかな
「船形山のブナを守る会」の自然観察山行で「翁山」へ。
「翁山」はしばらく前にヤマユリの花咲くころに来て圧倒されました。
今回は、時期的に花は望めないものの一つの望みがありました。
それは昭和30年代に遡ります。当時の少年雑誌には「船形山には仙人が住む」という記事でした。
少年の心には、興味津津…でも船形山へは行くことができず遠く奥羽の山並みを眺めるだけでした。
高校で山岳部に入りましたが、すでに「船形山には仙人が住む」いうことは脳裏にはありません。
そして、時間が経過し新聞にこんな記事(手続きが済んでいないのでリサイズしていますのでご了承を…)が掲載されました。
今から32年前の記事になりますが、投稿者は最上町出身の後藤利雄(1922~2001、誠実を貫いた学者、歌人)さんが寄稿しています。
書き出しはこうで、「30年余りも山ごもりをして、人間界との接触を避け、言語も捨ててしまった男がいた。山男(山人)のヨシゾウであった。
入山当初は宮城県の魚取沼のほとりに小屋をかけて住んだがあとは御所山(船形山)の山中を転々と移り住んだもののようであった。<以下省略>」
そして、8月に訪れたブナの森作品展に展示されました冊子をめくると、「やまびとヨシゾウ」に呼び出されたようにページをめくった。題名は◎船形山の「山男」 語り手は宮崎山岳会会長の猪股氏である。
船形山には二人の山男がいると話す。昭和10年代宮崎町の某法印で羽黒派修験の荒修行を積んでいたという。
もう一人は、魚取沼でテツギョを食べていたという。押切村の住人片倉某という男で雪の無い時分だけ何年か住んでいたという。
両記事とも、片倉の苗字では符合したが詳細な部分でそうではない。
前者の後藤利雄さんは自分の幼少の頃にヨシゾウが訪れ詳細なことを記しているので間違いはないだろう。
後者の猪股氏は伝承なのだ。
「山人とヨシゾウ」は間違いなく実在の人物…、そして里の人々は船形山の仙人と語ったのだろうか…???
そんな想いを抱いてで翁山へ足を運んでみることにした。
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「船形山のブナを守る会」は、今から32年前に発足した自然保護団体です。
当時は船形山でのブナ伐採を取り止め「ブナを守ろう」という思いで結成されたようです。
年間行事計画も多種多様なで、山行の他に作品展(文化祭)もあり、これまた多種多様な人たちの集まりです。
そんな声を聞きたいと思い、年に1回くらい参加してきましたが、今年はもう2回目です。(笑)
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他の山岳会と違うのは、会としての代表世話人があるだけなんですね。
これまた会費会則なしですから予約なし、当日参加で集合場所に行けばそのまま行動というかなり私にマッチします。(笑)
そして、会費はないのですべてカンパ)で成り立つという離れ業です。
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紅葉の素晴らしさを想い浮かべながら二次林のブナ林を行きます。
古い会員も、今日からの会員も、山のベテランも新人も男も女も「ブナへの想い」があればよい。…その一筋でしょう。
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高度を上げると尾花沢盆地…あそこは大石田町あたりでしょうか。有名な団子があったな。
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そしてヤマユリが咲く笹薮のルートが見えてきた。
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鳥海山が見えてみんな笑顔になって…(笑)
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昭和20年代まで、「やまびとヨシゾウ」が駆け巡った最上町向井町から翁山までの山並みにヨシゾウの足跡を想いうかべる。
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立派な祠があり、登山道の整備、ハリマ小屋の感じ良さに、この地域の翁山への愛着を感じましたよ。
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憧景のみみずく山界隈。
ここは「田代峠の婆さん伝説」、「磁場が狂う不思議な場所」、「F86飛行機墜落事故」、「終戦時の世界初のロケットエンジンの秋水伝説」そして「やまびとヨシゾウの実話」など盛り沢山の山域。
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翁山は2等三角点。この北側、旧図にはルートがあった。ブナの会の「小関代表はその昔に魚取沼から沢を遡行してと呟いた。
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記念写真をパチリ。
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クルミ平分岐にて昼食となった。数名はこの時間を利用して黒倉山へ行った方もいた。
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我は、山菜ソバに寄り添いおすそ分けを堪能…美味かったよ。!(^^)!
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2回目の出会いとなった〇〇さん…ホィッスルが似合ってますよ。
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美しいブナ林、風がそこまで秋運んできたような、湧きだす水を飲みこれで長寿間違いなしと妄想…(笑)
いつもの輪になってのスピーチに耳を傾けた。参加者それぞれの思い出の話しに今日に一日に感謝する。。
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ん~む、サンゴ草(??()
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白髭の老人こそが…やまびとヨシゾウ??だったりしてね。
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無事、ハリマ小屋に下山。
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同乗したF女子の魂だろうか、かなりの山行をしてるようだ。事後承諾でごめんなさい。
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翁山での一日、今度は紅葉か、残雪期か…いや、ハリマ小屋で一泊もいいな。
船形山ブナの会の皆さんそして参加者の皆さん、楽しい時間を有難うございました。
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追記 : 後藤利雄さんは別の冊子で「やまびとヨシゾウ」のことをこう結んでいる。
昭和20年代のしまい頃に思わぬ筋からヨシゾウに関する情報が提供された。それは山形新聞の記事であった。
御所山に入山した二人の青年が、背の高い原始人風体の男に会ったという記事であった。
着ているものも、持ち物もすべて見慣れないものでこの世の人とは思えなかったことなど興奮して語られていた。
それについて民俗学者が、原始人の子孫の生き残りである可能性もあると語ったという談話も付記されていた。
その記事を見て、私は(後藤利雄さん)「あっ、ヨシゾウだ彼が生きている」と驚きもし安堵もした。
それから2,3年経ってヨシゾウは死んだらしい。(S57,12記)

私が少年の頃より信じていた「船形山の仙人説」は、こうして終止符となったが、今でもこの山域を辿ると「やまびとヨシゾウ」のことが頭から離れないでいる。


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山岳部だったんですね🌿
山に川にとってもアクティブで毎日が楽しそう!

予約とかなしで、行って集まった人で出発というのも気楽そう。それでも23人も集まるんですね🤩

山で食べるお蕎麦は美味しそうでした^^

No title

エリさん
名前だけの岳部なんでしたよ。
船形山ブナの会は老若男女が参加しています。
是非、ご参加ください。
山で食べる蕎麦、オニギリ、ビールは…なんでも格上の美味しさですよ。(^^()

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山男ヨシゾウ

匿名さん
コメント、ありがとうございます。
同じくらいの年代、そして以前から当ブログにお出でいただきありがとうございます。
2018.2に最上町にて神室サミットがあった時、酒を交わしながら皆さんに「山男ヨシゾウ」と「後藤利雄さま」のことをお話しました。すべての方は知りませんでしたが、この時、町の促進課の方が末裔の方をを知ってるようなお話をしてのが記憶です。最上町へ飛んで「山男ヨシゾウ」の痕跡を辿りたい計画を以前から抱いているのですがなかなか進みません。随筆集は熟読玩味まではいきませんが読み返しております。
こうやって、ブログの中でお会いできるとは嬉しい限りです。
いずれお会いできるのを楽しみにしております。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
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