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頑張ったねぇ

叔母さんが亡くなった。
私の年になればオジサンオバサンも80代ですが…母方には二つ違いの叔母さんもいますので姉さんみたい。
さて、父の妹になりますオバさんは…長男、長女、次男、三男、次女、四男、三女と七人兄弟(妹)の構成なんです。
ほぼ、順番に逝きましたが、時には番狂わせもありました。
オバサンは次女で享年86歳、ほぼ平均寿命の範囲ですが父の兄弟はあまりその域まで到達しなかったから長生きです。
御通夜の晩、香が煙るなか、一人残った三女の叔母さんがポツリ…呟いた。
ひとつ屋根の下で本家と別家が同居していた昭和10年代、同じ屋根にいながら生活様式は差異があったそうだ。
母は(36歳で)幼いころに亡くなり顔は知らないという。
経済的に別所帯になれない事情があり別家はしばらく辛抱、耐久生活が続いた。
あるとき、牧舎に牛乳を買いに行くことになった。その牛乳は本家の同年代の娘が飲むという。
買ってきたものの、途中で飲みたくなったというオバさん、この世とも言えない味を口に含んだ。
口を開けて少しずつ舐め、舐め、気づいた時には半分が無くなったという。
途中、清水の湧くところでつぎ足し、量は満タンだが味は稀有…なんだか今日は美味しくないと本家の娘は不機嫌で飲んだという。
別家の耐久生活はS23まで続いた。長男である私の父は意を決して23歳で、何だか知らない本家の借金まで背負って出た。
本家から与えられた土地は家の建てられない山の中、何分の一かの面積で土地と交換し今の場所に家を建てた。
耐久から脱出した開放、兄弟(妹)7人が頑張った、喜怒哀楽の80年の時代が凝縮されていた通夜だった。
天国に行ったオバは…私は結婚したてのオバの家にも泊まりに行った、さぞや、邪魔だったろうな…(笑)
小2のころ、病弱な私は2ケ月入院してその後通院、一人でバスに乗れる私は、田舎の人から見れば異端児だったかな。
通院の帰りオバ宅での楽しみは中華ソバと、貸し漫画本…勉強はそっちのけで通院が楽しみだった。
オバは転々し地区の公民館の管理人で入った。天井が空きぬけて、屋根も隙間あり青空が見えた。
ケネディ大統領、力道山の死は朝方にオバサン宅で知ったのだ。
いま、私の住む父の建てた家は置石の土台、今回の震災で傾いたもののまだ住んでいる。
解体と脳裏に浮かべるが、なかなか踏みきれない自分がいる。。(○・_ゝ・○)ノ
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