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地区の歴史を辿る

月1回、社会福祉協議会主催でお茶っこ会なる行事を開催しています。
音楽、手品、踊り、料理教室、終活まどなど毎月各種のメニューが用意されます。
今月は「地区の歴史について」私に担当が回ってきました。
こんな田舎の漁村に何の歴史もないだろうと…話は30分だなぁ~と軽い気持ちで引き受けました。
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まずは資料の作成、文献をめくると、当地は中新田の四日市場にある鹿島神社が700年前に、神輿を40キロも移動して海水での禊をしていたこと。
鹿島碑



また、今から236年前のこと。媽祖という女神の画像が当地に祀られていた。
媽祖は中国東南部から広まった航海安全の守護神で東北では青森の大間と当地だけだという。伊達の殿様の命を受けた瀬戸一道斎良嗣なる人物が水戸藩から譲り受けたようだ。



我が家のアルバムから出てきたゼロ戦、その後の消息は知るよしもない。
昭和16年全国的な兵器献納運動が展開し村でも「百万一心」の標語のもと募金がなされ零式艦上戦闘機の基金を海軍省に献納し矢本飛行場に配備された。そして浜の空襲は、昭和20年7月17日早朝に米軍艦載機9機が吉田浜海岸上空から菖蒲田浜海岸に低空飛行して操業中の漁船に機銃掃射を浴びせ漁夫数名を殺傷した。
8月10日、亦楽上空から菖蒲田方面に飛行し民家を機銃掃射し4名を殺傷した。94歳で亡くなった義母は、洞坂(墓地近辺)の畑で農作業中に小学校方面から西に低空飛行してきた、操縦士の顔が見えた、グラマン機から機銃掃射を浴びて土手に隠れ難を逃れた話を聞いてる。義母がこの時に撃たれていたら、おっ家内との出会いは無かった。
この日午前9時亘理駅発の列車機銃掃射死者6名負傷者多数、 岩沼駅が空襲、古川市死者7名、小牛田町野田橋、駅舎、石巻中瀬の海軍造船所、電話局、学校、女川町船舶乗組員200名死亡。
まさに民間人を巻き込んだ無差別殺戮の戦争。この戦争幾多の命の犠牲が今の平和があることを忘れてはならない。
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調べていくうちに神社の拝殿のうらから明治期の神社の奉納者板が人目につかず置かれていた。
私の先祖も中盤に記載されている。奉納者名簿を見れば村の有力者の順番のようだが、130年も経過するとこの序列も無いに等しい。私の先祖は沖合で操業中に遭難し陸地に流れつき難を免れたようだ…と、文献を書かれていたのに驚愕。
神明明治板

海辺から100mの位置にある水神碑、山の中なら違和感がないが海洋からの近距離ならば…日本一かなと(にやり笑)
水神碑




当日は35名の方々が集まった。1時間半が足らず2時間になっても帰る方がいなかったのは嬉しい。
表紙には題字の①「まつがうらしま」、②イラストの赤犬、③考える女史は、絵の大好きな小2の孫が書いてくれました。➃「温故知新」は古きを訪ねて新しきを知る、大好きな言葉です。
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昨今、歴史認識などと諸外国から叫ばれますが、これを機会に地元のことを知ることで「郷土愛護」ができますと締めくくった。
イギリスの歴史学者E.H.カー(1892~1982)がこう述べています。
「歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのです。」


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