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天童へ…

天童の古に迫るpart2「古道を訪ねて」のご案内がありましたので、いざ、出陣するも途中、いたがきに立ち寄りソフトクリームをゲット。
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ひと月前とは車の量が多くなってきましたね。
天童駅東口から山形方面、天童公園の麓にある市立の資料館です。
建物は明治期の木造3階建、昔の郡役所が改築保存されています。
内部展示では織田信長直系の織田家(天童2万石)の資料と明治維新の資料が展示されています。

12時丁度に滑り込み、館長さんはじめ館員の皆様に心温まるおもてなしをいただきました。
館内は撮影禁止でしたので画像はありません。
天童の古に迫るpart2「古道を訪ねて」は関山峰渡りをテーマに、そして浅井さんが探求しました「幻の小山田新道」もあります。
9/6までですので、お見逃しなく。
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浅井さんのお迎えがあり、市内の探訪会を急遽企画になりました。
ここは、願正上人廟所(火矢塚遺跡)、 願正上人廟所は天童市役所の南方、清池の願行寺にあります。
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廟所とは一般的には墓所のことで、願正上人の墓所とですね。
上人は浄土真宗蓮如の高弟でここより北の願正壇に住み、内陸部の布教活動にあたったといいます。
蔵増の東常得寺は願正坊の開山といわれ、高櫤に現在の願行寺があります。
また、この辺りは火矢塚遺跡とも呼ばれ平安時代の集落跡だそうです。
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天童市高擶にある願行寺。
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いままで見たことのない寺紋…
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そうですね。
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お庫裏さんが出てきて説明を受けます。
何々、願正坊が関山の山中で迷い現れた樵の道案内で命拾いをしたそうですが、まだ樵の末裔はいるそうですよ。
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おっ家内は、こっちの方に目が行ってたようだ。
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作ってくれって、いま我が家は断捨離しているのに…逆ではないのと心に思ったが…口にはできない。(苦笑)
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蓮如の直弟子であった願正坊(越前菅生の人)が、蓮如が文明5年(1473)に松島・金華山に巡遊した折随行したといいます。
東国布教のため残留の許しを得て、関山街道を経て出羽国に入ります(文明7年1475)。この時に、関山の山中で迷い樵に道案内を受けて命拾いします。
当初、蔵増と高擶の中間辺りに「願正壇」を営んだそうです。
後に(文明15年1483)高擶城下の整備の折寺地を与えられ一宇を建立(後の専称寺)。願正は永生3年(1506)7月73歳でこの地に没したそうです。
※(各文献には関山街道と記されていますが、当時は関山街道は存在していません。浅井さんは、当時、猪野沢から大境を経て奥新川に通じる中世の関山古道と推測し、この4月、5月に私とその一部を確認しています)
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久しぶりに、山形神室と大関山を見たね。
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1時間で仙台到着、「峰テラス」用件終了、藤崎で晩御飯を買って帰路についた。
「今日がある その今日を生きていく」 羽前の国の皆さん 良かったです。
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非公開コメント

良いですね~

今日が有る その今日を生きていく

良いですね~
感謝しながら、有意義に過ごせたら最高ですね~

奥様孝行お疲れさまでした。

No title

トシヒコさん
そうですね、「今日が有る その今日を生きていく」
短時間ながら凝縮された、羽前の国探訪でした。

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